【「ONODA 一万夜を越えて」評論】高潔と狂気。ジャングルで生き抜いた最後の日本兵をフランス人監督が描く壮大な人間ドラマ
2021年10月3日 09:00

「私は平凡で、小さな男である。命令を受け、戦って、死に残っただけの一人の敗軍の兵である」「私はいったいだれのために、何のために戦ってきたのか」(「たった一人の30年戦争」/東京新聞出版局)。1945年太平洋戦争終結後もフィリピン・ルバング島で戦いを続け、74年に51歳で日本へ帰還、“最後の日本兵”として知られる小野田寛郎氏が自著で記した言葉だ。
小野田氏の実体験を基に、フランスの新鋭アルチュール・アラリが、フィクションの人物として脚色、軍人として青年期から終戦後も約30年間戦争を続けた男の人生を壮大なスケールで描き出し、日本人キャスト、日本語で製作した。第74回カンヌ国際映画祭・ある視点部門に選出され、既に劇場公開されている本国の最大手映画情報サイトAlloCineでは、プレス、観客ともに★4以上という高評価がつけられ、“フランス映画の常識を覆した”“驚くべき映画”などの賛辞が並ぶ。
諜報員養成学校出身、終戦を信じようとせず、“命令を受けていない”という理由で、30年も潜伏し続けた……という主人公の特異なキャラクターが観る者を引きつける。映画の中の小野田は、私欲に走らず、部隊のメンバーには実の家族以上の慈しみを持って接するが、終戦後であれ、敵意を見せる島の人間を殺めることに罪悪感は持たない。軍国主義が生んだ高潔と狂気を併せ持つ青年期、そして、仲間たちが死に、たった一人となり、バックパッカーの青年に発見されるまで、強靭な精神力を維持しながらも虚無感を漂わせる中年期。それぞれを遠藤雄弥と津田寛治が鬼気迫る存在感で演じ分ける。
身を隠す場所であり、時には敵となるジャングルの大自然は、静寂の中に響く音で命あるものの営みを伝える。小野田に率いられた隊員たちの人間らしさ、そのカリスマ性で小野田を魅了した、イッセー尾形演じる上官谷口の変化も胸に迫る。しかし、回想する家族以外の(日本人)女性は不在、性的対象として言葉で語られるのみの、男性だけの世界を描く映画でもある。
主人公が何を信じ、何と戦い、どう生き抜いたのかを描いた約3時間は長さを感じさせず、とりわけ終戦後、自身の作り上げた陰謀を信じながら戦争を続ける後半は抜群に面白い。エンドロールのクレジットは仏語、エキストラやスタッフの国籍は様々のようだ。鑑賞後、このような傑作がなぜ日本映画ではないのか、という悔しさのような感情が湧くと同時に自戒した。大戦中のフランスは連合国側、今作のロケが行われたカンボジアはかつてフランスの植民地、保護領であり、1941年から終戦までは日本軍が占領した。小野田氏のような兵士は他にいなくとも、勝ち負けに関係なく戦争に巻き込まれた人間は世界中にいる。
日本の一兵士の人生がドラマとなり、それぞれ異なる自国の歴史を背景に持ちながら、幸福にも戦争を直接体験していない世代が国境を越え、共に生み出した映画という存在の豊かさにも心震える一作だ。
(C)2021映画「ONODA」フィルム・パートナー(CHIPANGU、朝日新聞社、ロウタス)
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