【「僕が跳びはねる理由」評論】“普通”とは異なる世界の感じ方に気づかせてくれるドキュメンタリー
2021年6月6日 08:00

小学生だった時に同じ学校に通っていた自閉症の子と一緒に遊んでいたのを覚えている。彼らはいわゆる“普通”の友だちではなく、会話は通じているのか、どのような考えで言葉を発しようとし、突発的な行動しているのかは理解しきれずに、子供ながらに不思議な個性を持った友だち、少しの畏怖な存在として接していたのを思い出した。
だが、あくまでも自閉症については他人事であったと思う。家族や親戚に自閉症者がいるとなると、この捉え方は間違いなのだと、ドキュメンタリー映画「僕が跳びはねる理由」を見て考えを改めた。親は何とか我が子を理解しようとするが容易ではない。知らない、わからないということで抑圧や差別を受けてしまう。
会話のできない自閉症という障害(発達障害のひとつ)を抱える作家・東田直樹さんが13歳の時に執筆し、世界30カ国以上で出版され、現在117万部を超える世界的ベストセラーとなっている「自閉症の僕が跳びはねる理由」がこの映画のもとになっている。自閉症者の内面を語った内容が反響を呼び、世界中の自閉症者、その親や家族に希望と感動を与え続けているエッセイだ。
映画のオープニング、暗闇の中に潮風と波の音が聞こえてきて、灯台の光が闇を一定の間隔で照らす。この作品の全体のトーンが光と闇、音、視覚にこだわりを持っていることが伝わってくる。世界各地のそれぞれ個性の異なる5人の自閉症の少年少女たちやその家族が登場するが、各エピソードをつなぐ少年が海辺などを歩く姿に東田さんの言葉がナレーションでかぶる。
そして、「言いたいことが言えない生活を想像できますか?」という問いかけが見る者の心に突き刺さる。映画は点滅する光や闇の中に浮かび上がるカーテンの揺れ、そこに重なる生活音、扇風機の音、雨音、ブランコの鎖、電力の音などで、自閉症者が見て感じている世界を表現しようとしている。そうやって映し出される場面や音は、なぜか懐かしい。
自閉症者は世界をどう見ているのか。見えているものは同じだが、その受け取り方が違う。彼らの視線の先がクローズアップで映し出され、鮮やかな色彩や印象的な形を見ると、そこだけに心を奪われてしまう。自分の意思を伝えることの大切さ。人と話そうとすると言葉が消えてしまい、口から出る言葉は本心とは違うと東田さんは語る。
幼い頃は感覚の世界を楽しんでいたが、思春期になるとその感覚の世界を楽しめなくなり、不安が大きくなって、まるで壊れたロボットを操縦しているようだという表現が印象的だ。絶望感からパニックになることがあり、何かを失敗するとその事実が津波のように押し寄せてくるというのだ。
タイトルにある「僕が跳びはねる理由」とは。感情がないとか、創造的な知性を持たない、また多くの文化で恥とされるといった自閉症者への偏見を東田さんの言葉が覆した。この映画を見ると、自閉症者の世界の一端を疑似体験することができるだろう。そして、「普通とは何か?」を自らに問い直すきっかけをくれ、“普通”と言われる世界とは異なる世界の見方、感じ方があることに気づかせてくれる作品である。
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