難民からオリンピック選手に 祖国南スーダンの期待を背負って走った「戦火のランナー」グオル・マリアル選手と監督インタビュー
2021年6月5日 08:00
難民からオリンピック選手になったグオル・マリアル選手の不屈の人生に迫るドキュメンタリー「戦火のランナー」が公開された。内戦が続くスーダンで、当時8歳だったマリアル選手は、両親の元から離れ、難民キャンプに保護され、その後アメリカに移住。初めて走ったマラソンで2012年ロンドン五輪出場資格を得るが、建国されたばかりの南スーダンには国内オリンピック委員会が存在せず、個人参加選手として出場したマリアル選手と、その人生を映画にしたビル・ギャラガー監督のインタビューを映画.comが入手した。
まず、僕たちの映画を日本に届けてくれてありがとうございます。南スーダンで何が起きているのか知ってもらうためにもとても重要なことです。また、勝手ながら南スーダン人を代表して感謝を述べたいと思います。南スーダンの選手たちへのトレーニングや受け入れについて多大なサポートを日本はしてくれていてとても感謝しています。実はちょうど1時間ぐらい前に日本にいる南スーダン選手の一人と話したばかりです。たまに選手たちとは連絡取り合っています。
僕にとって走ることには目的があります。南スーダンの人々や自分以外の誰かのために走っているのです。個人的には走ることでエネルギーをもらいますし、自分を高めるためのモチベーションをもらっています。肉体的にも精神的にもよい効果を得ています。
僕は2002年、初めてアメリカにたどり着いた高校生の頃から走りはじめましたが、その頃は友達を作る手段でもありました。しかしその後、奨学金を得て大学で走りはじめた頃、走るとは単に自分のためや、友達を作るということ以上に、他の人々の人生を変える力があると気づきました。というのも、僕が走って活躍することで、故郷南スーダンの子どもたちや世界中の子どもたちに勇気を与えることができると分かったのです。ですから僕にとって走ることとは、自分のコミュニティーや世界の誰かによい影響を与えるという目的があるのです。
目的があるので、毎朝シューズを履いて、どんなに疲れていても走っています。その理由は、南スーダンの村の子どもたちに人生は変えられる、世界にはチャンスがあると伝えたいからです。戦争がある日常が当たり前の世界ではなく、未来に向かい何かをなすという平和の道もあると伝えたいのです。南スーダンの子どもたちだけではなく、世界中で希望を失った子どもたちに、今、暗い毎日を過ごしていたとしても、希望を持ち続ければ、明日は拓けると伝えたいのです。もし、自分のために走っていたら、もうとっくに諦めていたでしょう。
とても大きな意義があります。オリンピックに出場する際、個人として行くのではなく、家族や国を代表して参加します。そこには差別などもなく、世界中の国々の人々が互いに称え合う場なのです。出場したら常に自分の国のユニフォームを着て、肩には自分の国を背負う責任があるわけですが、出場することはユニークで素晴らしい体験でした。
自分の国を代表して、マラソン選手としてゴールテープを切った時、南スーダンと一緒にゴールを切ったと感じました。きっと南スーダンの子どもたちがテレビで僕の姿を見ていて、いつか同じようにあの場に立ちたいと思ったはずです。何かをなすことが出来たと感じました。今、日本などで南スーダン選手たちが東京オリンピック出場を目指してトレーニングしていることをとても誇りに思います。そのきっかけに僕がなったならば本望です。
東京オリンピック出場を目指していましたが、怪我により断念せざるを得ませんでした。約1カ月前に手術を受けたばかりです。しかし、出場を目指して頑張っている南スーダンの選手たちがいますので、彼らに期待しています。バトンを渡した気分です。彼らが出場することは、僕自身が出場するよりも嬉しいことです。
日本はずっと行きたいと思っている国です。未来に何が起きるかわかりません。七転び八起きの精神で一歩一歩進むことが重要です。その先には信じられないこと起こるのです。スーダンで武装勢力から逃げていた頃、高校で走っていた頃、日本で僕の出る映画が公開されることなんて想像できるはずもありません。監督のビルと出会うこともです。そもそも自分の村の外に、別の世界があることさえ知らなかったのです。この幸運に感謝してもしきれません。また、もっともっと沢山の人々と出会いたいと願っています。現在のテクトロジーがあれば、簡単につながることができますよね。世界中の人々が、偏見を持たず、未来に希望を持ち、理解し合えることを諦めずにつながれば、違いを乗り越えて、国と国でぶつかるのではなく、人間として家族になれると信じています。
映画の企画を考えていた頃、グオル・マリアル選手がロンドンオリンピック出場権を得た記事を読みました。グオルはスーダンから難民として逃れたのですが、スーダンの選手として出場しないかというオファーを「感謝しますが、僕は南スーダン人なのでスーダンの選手としては出場できません。独立を果たした南スーダンの選手として出たいんです。」と断わったというニュースでした。せっかくの申し出を断る強い意思に魅力を感じ、彼と話したくなりました。そこで、グオルが通っていたニューハンプシャー州の高校と、アイオワ州立大学にコンタクトしたところ、すぐに彼とつながり、電話で話しました。最初の電話で、すぐに他人ではなく旧友と話しているかのような感じになりました。グオルから、彼がもう離れて20年にもなる祖国、南スーダンに一緒に来ないかという誘いがあり、これは特別な映画になると確信しました。グオルの人生は、これまでで最も驚くべき物語でしたし、これを伝えなければならないと決意し、映画制作の旅が始まりました。
この映画は、とてもインディペンデントなプロジェクトで、なけなしのお金で、5大陸7カ国での撮影をほとんど僕1人だけで敢行したんです。本来は2012年のグオルのロンドンオリンピック出場と、南スーダンに帰国して家族と会うまでを追う20分程度の短編ドキュメンタリー映画にする予定でした。しかし、ロンドンオリンピックに行ってみたら、とても20分に収まる映画ではないと理解しました。結局、長編ドキュメンタリー映画になったわけですが、5大陸7カ国を旅して撮影する資金を大きなスポンサーもなく捻出することが最も困難なことでした。つまるところ、自分の仕事で少しずつ貯めたお金をつぎ込み、1、2週間休んでは撮影に出かけるといった進め方でした。7年もの時間がかかったことのよい側面は、次の撮影に十分な準備時間があったことです。
その次の困難は、壮大なグオルの人生をいかに90分にまとめ、蒸留させるかという挑戦でした。南スーダンの歴史を知らせなければなりませんが、歴史のドキュメンタリーではないので、多すぎてはいけません。しかし、南スーダンの歴史的背景をグオルの人生に重ねて、グオルが世界に飛び出して、何がしたいのか、どんな夢を叶えようとしているのかを観客に伝わるように表現しなければならないわけです。
グオルの人生のたくさんの出来事が過去に起きています。スーダン内戦から逃れるという彼の壮大な旅の始まりは、彼が幼い頃の出来事です。映画は本とは異なりビジュアル表現する媒体ですから、この旅の始まりを見せなければなりません。観客にはグオルが小さかった頃を体験してほしいわけです。
しかし当時のグオルの写真は、たった一枚しかありませんでした。そこで、どうやったら8歳の頃のグオルを体感してもらうか考えを巡らせました。ナレーションで語らせることや、グオルにインタビューで語らせることは選択肢ではありませんでした。ビジュアルを見せる必要があったのです。そこで、一度も監督したことがありませんでしたが、アニメーションに行き着きました。ベストなアニメーターを探すのに1年半を費やしました。漫画のように見せたくなかったですし、写実的過ぎてもいけない。ちょうどいいスタイルを探すのに時間がかかったのです。幸い採用したアニメーターは、素晴らしい仕事をしてくれました。映画のアニメーションの描写で、8歳の頃、たったひとりで村を離れなければならなくなったグオルの感情が伝わってくるはずです。
これまで10以上の映画賞を受賞していますが、素晴らしい反応です。上映後に僕のところに涙ながらに「グオルの姿に感動した」と言われる瞬間は、感無量です。南スーダンのことを学んだ、オリンピックの見方が変わったなどとコメントをもらうこともありますが、この映画は逆境に打ち勝つグオルの人生ドラマについての映画なのです。最初からグオルが金メダルを獲るか獲らないかなんてどうでもよかったんです。そこが他のオリンピック関連映画と決定的に違うところかもしれませんが、彼がオリンピック出場に向けて必死で苦労しながら努力する姿に心が動くのです。
私たちは誰しも逆境を経験しています。グオルは極端な逆境の例ですが、スーダン内戦から逃れた難民から、世界トップクラスのマラソン選手への道を拓きました。過去に大きなトラウマを抱えていても、自らを鼓舞して乗り越え、素晴らしい姿を見せてくれるグオルに、僕も含めて皆希望を見出すのだと思います。
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