二人なのに一人、一人なのに二人――「HOKUSAI」柳楽優弥×田中泯が意識した芯

2021年5月30日 14:00


葛飾北斎の青年期と老年期を演じた
葛飾北斎の青年期と老年期を演じた

「冨嶽三十六景」など、生涯を通して3万点以上の作品を描き残したといわれる江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎の知られざる人生を描く「HOKUSAI」が、5月28日に公開された。柳楽優弥田中泯が北斎の青年期と老年期をそれぞれ演じ、波乱万丈な“画狂人生”を生き抜いた。見た目も年齢も異なる二人だが、完成作を見ると同じ人物を演じたことがすぐにわかる。「僕たちはこんなに違うのに」と笑い合う二人に、話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/山口真由子)

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町人文化が華やぐ江戸の町の片隅で、食うこともままならない生活を送っていた貧乏絵師の勝川春朗。後の葛飾北斎となるこの男の才能を見いだしたのが、喜多川歌麿、東洲斎写楽を世に出した希代の版元・蔦屋重三郎だった。重三郎の後押しにより、その才能を開花させた北斎は、彼独自の革新的な絵を次々と生み出し、一躍、当代随一の人気絵師となる。奇想天外な世界観は江戸中を席巻し、町人文化を押し上げることとなるが、次第に幕府の反感を招くこととなってしまう。

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――青年期と老年期、それぞれの演じた北斎を見てどのような感想を持ちましたか?

柳楽:泯さんが演じられた老年期の北斎は、まさに北斎はこういう人だったのではないかと思えるほどの説得力がありましたし、泯さんが演じる北斎の青年期を演じさせていただくことができてとても良かったです。北斎の青年期はあまり資料が残されておらず、謎が多いため、こういうキャラクターなんだと最初から確信を持って演じるのではなく、監督とも話し合い、一つずつ手探りしながら演じていきました。作品全体を通して見たときに、青年期と晩年期の北斎は、性格や実際の行動、年齢が違っていても、一本芯の通った生き様は、青年期から晩年期までつながっているように見えたので嬉しかったです。

田中:撮影中は柳楽くんに全く会えなかったのですが、監督から「泯さんいけているよ(つながっているよ)」と教えてもらっていたので、そういった意味では安心していました。北斎という人は、名前や環境を変えていく人だった。たぶん、常に変わりたいという思いがあって、それを実践した人だと思います。過去のことにとらわれないで生きてきた人ということを考えると、この2人の中で共通する記号のようなことがあれば、つながって見えると思っていました。僕たちはこんなに違うのに、僕の知り合いからも「うまくいっているね」と言われました。不思議ですよね。

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――とあるシーンで一度だけ共演されていますね。

柳楽:最後に二人で怒涛図を描くシーンが、唯一泯さんと一緒に撮影させていただいたシーンです。泯さんは、ダンサーとして世界中で活躍されているので、北斎が海外でどれほど人気のアーティストかということを実際に肌で感じられています。いろんな角度から北斎を見られている方なので、ご一緒させていただくことができてとても心強かったです。

田中:あのシーンはすごく嬉しかったです。絶対にありえないことなのに、二人なのに一人、一人なのに二人のような感覚であの時間を過ごしました。

――同じ役を演じるために工夫されたことはありますか?

柳楽:波の絵を描くシーンは、泯さんの動きを真似しました。現場のメイクさんから、泯さんの動きが印象に残っているという話を伺って、やってみようと思いました。なかなか一緒に撮影できるタイミングがなかったので、監督などから聞いた癖なども似せてみたりしました。

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――北斎を演じるために意識されたことは?

田中:僕は、北斎はどんな体つきをしていたのかを考えることが一番多かったです。老人と一括りにしても、老人の象徴的な体つきというのはあるけれど、北斎はどこかでプライドの高い人だろうし、胸や肩はどうなっているのかとか、肩は前に下げるようにするとか、話すときに顔を前に出す人なのかとかいろいろなことを考えて、僕にとっての体の北斎像をつくって演技していました。

――体つきを考えるのは、ダンサー・舞踊家の田中さんならではだと思います。以前から行っていることなのでしょうか。

田中:最初からでしたね。演技のお仕事をいただいたときに、僕はダンスばっかりやってきちゃったから、どうやって入り込んでいったらいいんだろうって考えて。セリフでその人を表す能力が僕にはなかったので、体全体の印象をその人だと理解してもらえたら、僕は十分だなと思ってずっとやってきました。世の中の人の体は、みんなちょっとずつ違いますよね。短気な人は短気なりの体、ゆったりした人はゆったりした人の体。その人らしい雰囲気が生まれてくるので、今回は首を少し前にしていました。

柳楽:すごいです。僕は、絵を描く練習に力を入れました。時代劇だったので、衣装やかつら、セットなどのおかげで役に入りやすい気分にもなっていたと思います。

田中:絵を教えてくれる先生がよく「柳楽さんうまいですよ」って言っていました。「柳楽さんは難なくこなしていますよ」って言っていたので、僕は家に持って帰って練習しました(笑)。

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――海外からも人気の高い葛飾北斎の映画プロジェクトに参加して、良かったことはありますか?

柳楽:撮影している最中は、意識しすぎてしまうと萎縮してしまうので、「北斎はすごい人なんだ」とあまり思いすぎないようにしました。それでも、公開が近づいてくると改めてすごい人なんだなと実感しています。撮影から離れたことで冷静に見られるようになりました。北斎旅券(『冨嶽三十六景』を採用したデザイン)も出ていますよね。

田中:波の絵はそこらじゅうで使われていますよね。僕は、一緒のシーンはほぼなかったけれど、柳楽さんと会えたことが何より嬉しいです。もっと見てくれも違う人が一緒だったら、うまくいかなかった予感がしていました。柳楽さんとはずいぶんすべてが違うのに、完成作を見て本当に良かったと思いました。

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