東ドイツの秘密警察に協力した実在の人気シンガーが抱えた矛盾を描く「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」監督に聞く

2021年5月16日 14:00


アンドレアス・ドレーゼン監督
アンドレアス・ドレーゼン監督

東ドイツの秘密警察に協力していた実在のシンガー・ソングライター、ゲアハルト・グンダーマンの生涯を描いた映画「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」が公開された。国家のイデオロギーに翻弄され、自らも矛盾を抱えた存在となった人気歌手と本作について、東ドイツ出身のアンドレアス・ドレーゼン監督が語った。

昼間は労働者として褐炭採掘場でパワーショベルを運転するゲアハルト・グンダーマンは、仕事が終わるとステージに上がり、自身が作った曲を仲間とともに歌いあげていた。希望や夢、理想に満ちた彼の歌は、多くの人びとに感動を与えたが、その一方で、彼は当時の秘密警察(シュタージ)に協力するスパイとして友人や仲間を裏切っていた。しかし、1990年の東西ドイツ統一後、グンダーマンは同じようにスパイだった友人に裏切られていたことを知る。

――ゲアハルト・グンダーマンに着目したのはいつ頃ですか?

リヒャルト・エンゲルのドキュメンタリー映画「GUNDI GUNDERMANN(グンディ・グンダーマン)」をテレビで見た1983年です。制作中から多くの問題があったため、視聴者の少ない深夜遅くにこっそり放映されました。映画の中では、当時の東ドイツでは珍しく批判的な意見が述べられています。それ以来、グンダーマンの名前は私の胸に刻み込まれました。リヒャルト・エンゲルの映画は、今までで最も重要な歴史的記録であり、初期のグンダーマンを知ることができる唯一無二の映像資料です。

――リヒャルト・エンゲルのドキュメンタリー映画「GUNDERMANN ENDE DER EISENZEIT(グンダーマン 鉄の時代の終焉)」(1999)で、採掘現場の元監督官はゲアハルト・グンダーマンについて「彼は本当に厄介な人だった」と言っています。

グンダーマンと共に働いていた同僚は、当然グンダーマンに対する彼らなりの見方をしてます。実際グンターマンは、かなり面倒な人だったと思います。愛すべき人間だけれど、要求が多くて、骨の折れる性格です。私は彼のコンサートを見ただけで、彼を個人的に知っているわけではありません。こんなに複雑な人物をどう映画で表現することができるのか? そういうクリエイティブな意味で、彼は私を困らせました。特に、グンダーマンは魅力的な人間というだけではなく、自分自身や周りの人々に、そして観客にも多くの疑問を投げかけているからです。

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――今作の構成はどのように決めたのですか? 脚本家ライラ・シュティーラーと組んだ6作目の作品ですね。

それは、もちろんシュティーラーのお陰です。ふたつの時代を描くことは、すぐに決まりました。実際には、グンダーマンが自分の過去に対して葛藤をおぼえる1990年代から始め、それから約20年前にさかのぼることを考えました。どういう経緯で彼が東ドイツの国家保安省に協力することになり、その道徳的策略に陥ったのか、しかも同じ時期に、いかにコニーとの愛が始まったのかということを、我々は描きたかったのです。「GUNDERMANN」は、自分の人生や犯し得る罪、そして消滅した国の過去と必死で向き合う努力をしたひとりの人間について描いた映画です。そして、もちろんひとりの偉大な詩人についての映画です。

――それから芸術と労働の世界についての映画でもありますね。

そうです。それは大きな役割を果たしています。グンダーマンは、単に一人の歌手というだけでなく、特別の社会的立場にいた芸術家です。褐炭採掘場からステージに向かい、コンサートを終えるとまた仕事に戻る。頭の中は想像する夢でいっぱいなのに、作業靴は褐炭の泥の中、そういう人間です。それから、言い忘れていましたが、これは壮大なラブストーリーでもあります。

――本作は「東ドイツのアイデンティティ」について再び多くの議論が起こっている最中に完成しましたね。

「東ドイツのアイデンティティ」というような表現には、とても気を付けています。私は「オスタルギー(東ドイツを懐かしむ気持ち)」という言葉が大嫌いです。東ドイツ時代には戻りたくありません。だからといって、その理想に見切りをつけたという意味ではありません。グンダーマンが採掘場でパワーショベルを運転しながら、歌詞日記に録音しています。「僕は負け組だ。元気な馬に賭けた。でも負けた」

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――グンダーマンは東ドイツを信頼していたのですね。

それは大変な悲劇で、そのために東ドイツでは多くの人々が精神的に破綻をきたしました。国を信じていた人々は、疎外されてアウトサイダーになるか、あるいは迫害されました。共産主義者たちが突然監視されるという歴史のパラドックスです。グンダーマンは、敵だと烙印を押されることがどういうことか、実際に経験したのです。彼の言葉は多くのことを語っています。例えば、「公正な社会の理想には根拠がある。しかし、それをどう実現するのか?」東ドイツは約束を守りませんでしたが、ユートピア的な考えが良くないという意味ではありません。私は個人的に、ベルリンの壁崩壊後も長年に渡って存在し続けているステレオタイプ的な考え方や、未だに東西が互いに間違った認識でいることにうんざりしています。その点でこの作品はおそらく、これまで我々が作ってきた他の映画よりも、妥協のない作品かも知れません。

――1995年のアルバム「Fruhstuck fur immer(朝食よ 永遠に)」について、グンダーマンは、「思い出さねばというプレッシャーが、この曲の音程に影響した」と言っています。思い出さねばというプレッシャーは、この映画にとっても原動力になったと思いますか?

もちろん! 我々は、グンダーマンと彼の記憶について、心の奥底から、心を込めて描きたかったのです。彼自身が持っていた情熱と同じ気持ちです。グンダーマンと我々には、強い繋がりがあります。確かなのは、我々が再び自分たちの歴史を解釈する権利を取り戻すこと、この国の歴史を簡単に削除してはならないということです。しっかりと見て、単純に答えを出さないことが重要なのです。何らかの制約に直面していないからといって、人間は自動的に優越感を覚えたりするものではありません。性急すぎる判断は、大抵の場合、こういう事ああいう事は決して自分には起こらないという思い込みから生まれます。我々は、グンダーマンという映画を通して、社会と深く関わり、傷つき、罪を背負い、自分の責任に向き合うひとりの人間を、きめ細かく丁寧に描きたいと思いました。東ドイツでは、責任ある行動をとっているにも関わらず、自分を罪に陥れてしまう可能性が充分あったのです。彼の行動の全てを正当化するわけではありません。興味深いですが、危険な地雷原のようなテーマです。

――18曲が映画の中には登場します。観客が彼を発見あるいは再発見できるよう、多くの曲を使ったのですか?

もちろん観客にグンダーマンの素晴らしい曲を聴いてもらいたいと思いました。独特の哀愁を帯びた詩が本質で、私を深く感動させてくれます。この感動を共有してもらうために、あの長さが必要だと思いました。しかし、全ての曲を新たにチェックし直す作業が大事で、昔と全く同じように演奏したわけではありません。丁寧に編曲しています。録音を監修したイェンス・クヴァントと私は、ギスベルト・ツー・クニプハウゼンの初期のバンドメンバーを選びました。彼らは全員「西の音楽家」でグンダーマンを知らず、好奇心旺盛で、初めて彼の曲を演奏することに興奮していました。

――グンダーマンは変人だと思っていた人もいたでしょうね。

「変人」というとネガティブに聞こえます。どちらかというと、彼は道化師だったと言えるでしょう。道化師は人々を苛立たせることもありますが、生きる知恵をもち臨機応変に状況を判断する能力がありました。彼は世界を映す鏡なのです。我々の描くグンダーマンは、特に1970年代ですが、挑発的な道化師で反逆者でした。

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