【「ファーザー」評論】非凡な劇作家と名優コンビが、目眩のするような映画術で老いることの真実を描く
2021年5月6日 13:00

気丈な親が、まるで子供のように振る舞い自分を頼るようになる。親子の関係が逆転していくことへの戸惑い、せつなさ、思いの通じないもどかしさ。認知症の家族を持ったことがある人にとっては、きっとよく知る感情に違いない。
下馬評通りアンソニー・ホプキンスがアカデミー賞主演男優賞に輝いた本作は、記憶を失って行く父と、人生の再スタートを切ろうとしている娘の物語だ。自身の著名な戯曲を自ら映画化して監督デビューを果たしたフロリアン・ゼレールは、人間が老いる上で避けられない問題を、親子の絆を通して見つめる。
ホプキンスはこの主人公アンソニーを、彼自身に大きなトラウマを与えた父親を思い出しながら演じたという。あるときはおどけてダンスを踊るかと思えば、次の瞬間、人が変わったかのように不機嫌で攻撃的になる。その驚くべき演技は、悲しみのみならず、ユーモア、軽妙さ、はたまた恐れ、ノスタルジー、悔恨といった感情の幅を自在に行き来する。
ゼレールの脚本が巧みなのは、そこにもうひとつ「過去の亡霊」というテーマを加えることで、親子の関係を一層複雑なものにしたことにある。娘のアンには、じつは亡くなった妹のルーシーがいて、彼女の方が父のお気に入りだった。彼の頭のなかでは、ルーシーはいまだ世界のどこかを旅している。屈辱と憎しみ。アンは父に対する愛憎の狭間で揺れ動く。それを巧みに表現するオリヴィア・コールマンもまた、控えめながらホプキンスに劣らぬ名演を見せている。
もっとも、本作が欧米でこれほど評価された大きな理由は、その映像スタイルにあるだろう。ゼレール監督はこれが一作目とは思えないほど鮮やかに、演劇的な要素を映像的な表現に切り替えている。とくにアンソニーの頭のなかの混乱を、時間感覚が麻痺するようなシチュエーションの反復を用いたり、ふたりの俳優に同じ役を演じさせ他者の認識を曖昧にすることで観客に体感させるのだ。まったく見知らぬ人間が居間にいて、娘の夫だと名乗るかと思えば、見慣れぬ女が娘として振る舞い、夫などいないと主張する。不条理で不確かな世界に身を置く恐怖が、ひしひしと伝わって来る。
結局のところ老いは誰にとっても避けられないものであり、どう老いていくかなど知る由もない。そんな手に負えない難題を冷徹に、しかし細やかな配慮と慈しみをもって描き出す本作は、心に重い錨を降ろす。
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