【「街の上で」評論】今泉監督流の間と笑いが下北沢に馴染む恋愛劇。約1年の公開延期で深みも増した
2021年4月4日 13:00

「好き」という感情は、理屈じゃないと改めて思う。人に対しても、街に対しても。どちらも変化し移ろいやすいからこそ、大切な誰かと特別な場所で過ごす日々が愛おしいのだろう。
今泉力哉監督が共同脚本も兼ねた「街の上で」を端的に言うなら、下北沢で暮らす青年と、それぞれに恋愛事情を抱える4人の女性たちをめぐる物語だ。元ミュージシャンで今は古着屋で働く青(若葉竜也)は、初めてできた彼女の雪(穂志もえか)から一方的に振られてしまう。美大生で自主映画監督の町子(萩原みのり)は青に出演を依頼する。古書店員の冬子(古川琴音)は青の演技の練習に付き合う。映画の衣装係・イハ(中田青渚)は、撮影が終わった晩に青を自宅へ招く。登場人物の職場や属性に音楽、文学、映画、ファッションといった要素を振り分け、彼らの日常を追うことでサブカルの街・下北沢の魅力をさりげなく多面的に紹介する仕掛けになっている。
撮影日の翌朝に訪れる、監督曰く「登場人物たちが4、5人集まって路上でわちゃわちゃするシーン」は、こんがらがった恋愛模様を描かせたら当代随一の今泉監督らしい名場面で爆笑必至だが、意外にもシナリオ段階で今泉が削ろうとしたのを、共同脚本を務めた漫画家の大橋裕之が止めたという。創作の難しさをうかがわせると同時に、共同作業の妙味を伝える逸話でもある。青とイハの恋バナから恋愛論・友達論に至る対話を真横からほぼ固定で撮影した9分超の長回しや、警官が職質から入って悩み相談めいた自分語りを始めるシーンなどでの、カットをまったく割らないか極力控えて独特の間をじっくり見せる演劇的な絵作りは、下北沢の小劇場文化に対する映画人からのリスペクトだろうか。
小田急線の地下化に伴い再開発が進む下北沢駅周辺の2019年の姿を背景に写し込んだ本作の公開は、当初予定の昨年5月から今年4月9日に延期された。この間に主要キャスト5人は進境著しく、俳優各個人の精進の賜物であるのは言うまでもないが、今泉監督のキャスティング眼の確かさと、役者の持ち味を引き出し才能を伸ばす力量を裏付ける格好にもなった。
2021年の春に本作を観ると、ライブハウスや映画館へ気兼ねなく出かけたり、訪れた店で店員や居合わせた客と仲良くなったり、飲み会の後に誰かの部屋に流れてとりとめなく語らったりといった、コロナ前は当然のようにあったささやかな楽しみが、昨年以降ずいぶんハードルが上がってしまったと痛感するし、それが作品のノスタルジックな味わいを深めてもいる。とはいえ、哀愁に暮れる必要はない。困難な時期も自然体でやり過ごせば、愛おしくかけがえのない日常がきっと戻ってくることを映画は教えてくれる。
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