【「あのこは貴族」評論】「幸せ」をどう定義づけても、朗らかに後押ししてくれる解放の物語
2021年2月26日 18:00

原作者・山内マリコ氏が行間に潜ませた毒のエッセンスを消すことなく、新鋭・岨手由貴子監督が2020年代を象徴する1本を完成させた。東京の異なる“階層”で息苦しさを感じるふたりの女性が、偶然の出会いをきっかけに、紛れもなく自分の人生を切り開いていくさまを描いている。
東京で生まれ育った良家の子女で正真正銘の箱入り娘・華子を門脇麦、地方出身で都会の荒波を自力で生き抜く美紀を水原希子が演じている。今作を特別なものにした要因のひとつに、このキャスティングが挙げられる。これまでのパブリックイメージでいえば、真逆の配役。だが、これが見事にハマった。
華子と美紀を奇しくも繋げてしまうのが、代々、政治家を輩出してきた名門の子息で弁護士の青木幸一郎(高良健吾)。このハイスペックな男をめぐり、ふたりが火花を散らすような展開になっていないということが秀逸で、あくまでも主眼となるのは生まれも育ちも違うふたりが自分らしい生き方を模索していくところにある。
大都会・東京には厳然たるカーストが存在しているが、そんなことは先刻承知とばかりにキャメラは遠慮なく踏み込み、「そういう世界もありますねん」という軽やかな眼差しを観る者にコーティングしてくれる。華子には華子の、美紀には美紀の悩みがあり、葛藤も抱えている。もっと言ってしまえば、名門校の幼稚舎上がりで苦労知らずの幸一郎にだって庶民には分かりようのない苦しみがある。
主人公のふたりに焦点を合わせてみると、「隣の芝生は青く見える」という単純な話でもない。それを体現してみせたのが、今作が初共演となった門脇と水原だ。“住む世界”が基本的に異なるため、共演シーンは決して多くない。だからこそ、ふたりの間に漂う形容し難いぎこちなさ、それとは相反する妙な居心地の良さをスクリーンいっぱいにちりばめ、観客へ届けてくれる。
慣れきった環境に浸るのも悪いことではないけれど、前を向いて大きな一歩を踏み出した華子と美紀の表情は、どこまでも清々しい。ふたりの決断は、これからの「幸せ」の在り方を考えるうえで、観客たちにとって大きな後押しとなるのではないだろうか。
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