【「燃ゆる女の肖像」評論】絵画のように美しい、官能的な「視線の物語」が、豊かな余韻をもたらす
2020年12月6日 22:00

18世紀を舞台に、画家とモデルの関係を描いたこの映画は、「見つめること」の行為がもたらす官能を表現した作品だ。ある対象への知覚が、密やかな欲望をもたらし、それが抑えきれないほどの情動となって観察者を突き動かしていくさまが、瑞々しく描かれる。
ある貴婦人から、望まない結婚を控えた娘、エロイーズ(アデル・エネル)の肖像画を秘密裏に描くことを頼まれたマリアンヌ(ノエミ・メルラン)は、正体を偽り、それとなくエロイーズを観察しながら、隠れて絵を描き始める。制約のなかで一心に集中する彼女の眼差しは、エロイーズの肌の色、うなじ、唇、その不機嫌な横顔といったディテールを追いかける。最初は職業意識から、だが次第にそれは、本能的な欲求に変わる。
一方、エロイーズも、そんなマリアンヌを観察している。修道院から出てきた彼女にとって、マリアンヌは初めて心を許せる存在となり、その信頼と好奇心は、やがて性的な欲望をももたらす。
エネルとメルランという、ともに目ぢからのある女優たちによる眼差しのドラマ。さらに観客もそれを、カメラ/監督の視線を通して目の当たりにする。
映画のなかで、ギリシア神話のオルフェウスとエウリュディケーの物語(冥界に妻を救いに行ったオルフェウスは、地上に上がる寸前に妻を振り返ってしまったため、彼女を失う)が引用されているのは象徴的だ。これも眼差しの物語であるから。まるでオルフェウスのように、マリアンヌもまた結ばれる運命にないエロイーズを凝視し、その姿を脳裏に焼き付けようとせずにはいられない。
荒々しい波が打ち付けるブルターニュの孤島を舞台に、ほとんど女性しか登場しないこの映画は、いわば女たちだけの特権的な世界のようだ。透明な光や暗い蝋燭の明かりのもとで、絵画のように美しく切り取られた彼女たちの親密な時間。そこには封建的な社会のタブーも、隠しごともない。
白眉は、祭りに集う女たちによるケルト民謡のような清廉な歌声が響くなか、焚き火ごしにマリアンヌがエロイーズを見つめる幻想的なシーンである。火の粉が舞うなか、エロイーズは永遠の美をもたらされた肖像のように佇み、微笑む。
セリーヌ・シアマ監督の作品が日本で劇場公開されるのは、長編一作目「水の中のつぼみ」(2008)以来と思うが(2作目「トムボーイ」(2011)はフランス映画祭で上映)、フランスでは、脚本家としてもアンドレ・テシネやジャック・オディアールと組んでいる、いま最も勢いのある監督のひとり。本作は、その才能を確認させるに余りある、豊かな余韻をもたらしてくれる。
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