【「ミセス・ノイズィ」評論】元ネタを凌駕して皮肉な狂騒曲へと昇華する天野千尋ワールドが展開
2020年12月6日 16:00

昨年(2019年)の第32回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門でワールドプレミア上映され大きな反響を呼び、劇場公開が熱望された問題作「ミセス・ノイズィ」が、いよいよ12月4日よりTOHOシネマズ日比谷ほかで公開される。
松枝佳紀とともにオリジナル脚本を手掛け、メガホンをとったのは、約5年の会社勤めを経て映画を撮りはじめ、国内外の多くの映画祭で入選・入賞を果たし、2014年に「どうしても触れたくない」で長編デビューした天野千尋監督。15年には中村ゆり主演「ハッピーランディング」も手掛けている注目の女性監督だ。
本作のモチーフはなんと“騒音おばさん”。2005年に、加害者とされた主婦が傷害罪の容疑で逮捕されたいわゆる「奈良騒音傷害事件」である。当時はテレビのニュースやワイドショーでも頻繁に取り上げられたので覚えている人も多いのではないか。現在も“騒音おばさん”の強烈な映像がYouTubeなどで見ることができる。
しかし、本作は社会派の重い映画ではない。天野監督は、いま誰の身にも起こり得る「SNS炎上」や「メディアリンチ」といった社会事情を絡ませながら、エンタメ性も楽しめる作品に仕上げている。途中で物語の視点が変わると、それまでの話の見え方が変わり、後半に向けて事態は思わぬ方向へサスペンスフルに展開、皮肉な狂騒曲へと昇華させていく。さらに、「争い」についての普遍的な真理もテーマにしていて、構想に3年かけたというオリジナルの脚本力の高さに最後まで引っ張られ、恐ろしく、コミカルに元ネタを凌駕し、胸を熱くさせられる。
他人や隣人とのコミュニケーションが希薄になっている中で、些細なすれ違いから隣人同士の対立に巻き込まれていく主人公の小説家・真紀を演じたのは篠原ゆき子。スランプに陥り、原稿締切りへの焦燥の中、隣人のけたたましい騒音と嫌がらせに悩み、ストレスを爆発させていく様を好演している。そして、オーディションで選ばれたという年配の隣人夫婦を演じた大高洋子と宮崎太一の存在感が作品に妙なリアリティを与えているのも秀逸だ。さらに長尾卓磨、米本来輝、新津ちせ、和田雅成に加え、田中要次、洞口依子、風祭ゆきといった個性派俳優が脇を固めているのも見どころ。脚本監修の加藤正人をはじめ、ベテランスタッフが天野監督をバックで支えている。
この映画を見ると、我々は自分のことしか見えておらず、しかも世の中の断片・表層だけを見て物事や人を判断しているのではないかと気づかされるだろう。SNSや各メディアで垂れ流される情報と映像にのみ込まれ、何が真実かをもはや判断できなくなって、自分を見失ってしまっているのではないか。無意識の内に他人を傷つけているのかもしれない。自分の常識が他人には非常識かもしれず、現代社会を生きていく上で、失ってはならないもの、常識とは何かを見終わった後に問われることになる。
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