自ら配給・宣伝も手掛ける新星、金子由里奈監督のみずみずしいゴーストストーリー「眠る虫」

2020年9月10日 14:30


金子由里奈監督
金子由里奈監督

作品を発表するごとに注目を集める日本映画界の新星・金子由里奈。2018年、山戸結希監督プロデュース企画「21世紀の女の子」で唯一の公募枠に選ばれ、伊藤沙莉主演「projection」を監督。翌年には自主映画「散歩する植物」が世界最大の自主映画の祭典・ぴあフィルムフェスティバル2019のアワードに入選。破竹の勢いで独創的な作品を世に送り出す金子は、音楽×映画をコンセプトにした作品を対象としたムージックラボ2019に参加し、現在、ポレポレ東中野で公開中の「眠る虫」で見事グランプリに輝いた。単独での劇場デビューとなる本興行では自ら配給・宣伝も務める。金子監督に話を聞いた。

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――映画を撮ることになったきっかけは?

初めて映画を撮ったのは大学1年生の時です。映画部に入部したら部長が「映画は誰にでも撮れるから撮ってみなよ!」と言ってくれました。先輩の作品で初めて学生映画というジャンルに触れ、良い意味で映画製作への敷居が一気に低くなり、20分ほどのホラー映画を撮りました。映画を作ったり、それを誰かに見せたりすることがこんなに身近にあってもいいんだって思いました。

――以降「食べる虫」「散歩する植物」などを撮ることになります。

「食べる虫」はInstagramのストーリー越しに朝日を見て「綺麗だな」と思う自分を疑って脚本を書き始めました。「散歩する植物」は航という名前の同級生が亡くなって、人はこの世に生まれ落ちる前から名前や意味を持っていたりすることが気持ち悪いと思って脚本を書き始めました。作品ごとに理由はありますが、映画という言語で思考するのは自分から自分を遠ざける作業なのかな。閃きを俯瞰するためなのかなと今思いました。実写映画はたとえ周到に準備しても偶発性の石が絶え間なく放り込まれる感じがあるので……。自分が思ってたのはこんな映画じゃない! となるのもそれはそれで楽しかったりします。

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■生ものとして届いた死者の声

――「眠る虫」は金子監督初の長編作品ですが、これまでの作品との違いはありますか?

これまでの作品は結果的に分かってくれる人にだけ分かってもらえたらいいやって満足していたのですが、「眠る虫」はクラウドファンディングで資金を集めたので、脚本を書く前から他者へ開く意識がありました。「眠る虫」以前の自主映画は私の衝動だけで現場が成り立っていた面もあるのですが、今回はスタッフの技術や丁寧さが映画を支えてくれました。いろんな人に見てほしいと心から言える映画を作ることができました。

――主人公のかなこがバスの中で出会った老婆をストーキングします。この物語の着想はどこから?

私が中学1年生の時に父方の祖母が亡くなりました。祖母は画家でした。生前、祖母と会話という会話をした記憶がないのですが、映画を撮るようになってから祖母と話したいと思うようになりました。祖母は道に雑草を見つけると静かにしゃがみ込んで「私が描いてやろ」と言って描いていたそうです。花に恩を売る感じゃなくて、これ描いてとっておこう、というニュアンス。ただそこに健気に生きている存在をこの人はすくいあげようとしている。私と似ていると思ったんです。あと祖母の映像を見た時、メディアに保存された声って奇妙だと思ったんです。映像は過去を冷凍保存したものだけど、声はメディアから再生される時に今の空気振動で伝わるから、この世にはいない彼女の声が生ものとして届いてきた。今回、死者の声についての物語を作りたいと思ったのも、その時の新鮮な衝撃が関係しています。私も祖母の声を今も追いかけているのかもしれません。

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■全ての時間が今ここには流れている

――ファーストカットから心を掴まれます。撮影の平見優子さんとの画作りはいかがでしたか?

平見さんとは話し合いを重ねながら、ほとんど計画通りに撮れました。「眠る虫」は映画が流れている時間だけではなく、それを見ている観客自身の過去の時間も流れるような空間を目指しました。そのためには圧迫感のない、節度のある画作りが必要でした。あらゆる時間が交差する余白のあるものにしたかった。だから「眠る虫」は映画館で見てほしい。色んな時間が交差する映画館という空間で見てもらえたら嬉しいです。

――本作はスタンダード・サイズですね。

劇中に出てくる老婆の木箱の形をイメージしました。木箱の中には生とか死とか思い出とかがおもちゃ箱みたいに全部ごちゃまぜに入っているイメージです。そんな可愛さのあるものにしたくて、最初は木箱サイズにしようかと思ったけど(笑)、それだと意味がうるさくなるのでスタンダード・サイズになりました。

――映画ではバスの乗客の雑談があちこちから聞こえてきたり、ここにはないはずの音が鳴っていたりします。音響にも遊び心が溢れていました。

そうした空間演出は映画と日常の境を失くす試みでもありました。普段、自分がバスに乗る時、自分が乗る前にそこに座っていた誰かの不在を感じたりするし、その場所に堆積する重層的な時間を映画でも表現したくて。乗客一人一人にもこのバスに乗っている理由を割り振り、それぞれのストーリーを引き受けた形で全員がそこにいてくれました。動きや仕草も自然とバラバラになってきたりして面白かったです。携帯を見ずに他者を見た方が面白くない?
って思う時間がバスの中にはあるし、そんな魅力を映画で映したいと思いました。

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■肌に馴染む作り事の世界

――日常では起こりえないことが映画の中で起こります。フィクションならではの面白さがそこにあると同時に、金子監督が日頃から世界をどう感じているのかというパーソナルな部分とも根の深い結び付きがあると思いました。

物語は幼少期からめっちゃ肌に馴染んでいます。6歳ぐらいから小説を書いていたし、今もその頃の自分を大切にしているから、突飛なことを突飛なことと思わずに書いたり。あとは詩が表現し得る世界を映画の中にどう取り込んでいくのかも考えます。

――ファンタジーやメルヘンといった言葉にすると遠退いてしまう世界が、金子さんの映画の中だととても親しみある距離感で描かれていたと思いました。

嬉しいです。道端のポールに誰かが落とした手袋がかぶっている場面があるのですが、そんな景色を日常の中でもふと目にすると、誰かがわざわざそこにしゃがんで手袋を拾ってそれをポールにかけるまでの人の時間が立ち現れてくるんです。面識のない他者に優しくする余裕がない人もいる中で、こんなに人って優しいんだって思えるし、わざわざそんなことをして景色を作っていることに可笑しみや愛おしさが溢れてきます。モノに宿る人の時間を見てしまうんです。人自身より好きかもしれない(笑)。

――Tokiyoさんの音楽も素晴らしいですね。

初めて出会ったのは、私がやっているチェンマイのヤンキーと対バンした時でした。Tokiyoさんが歌った瞬間、会場全体に緊張が走ったんです。その時の感動がずっと忘れられなくて、「眠る虫」を作るとなった時、彼女の声の静謐さが必要になりました。映画の息として、アーティストの息で始めて最後も息で終わるという構想があったので、彼女に歌を依頼しました。

――主演の松浦りょうさんの魅力が溢れていました。

どっちが幽霊かわからない感じにしたかったので、静かで冷たい美しさのある松浦さんにお願いしました。佳那子の衣装も幽霊をイメージしています。主体性のあるようでない、交換可能な存在。しかし、松浦さんにしか出せない空気感がありました。あと、佳那子は顔や髪の毛を触る落ち着きのなさがあるのですが、あれは松浦さんが本番中にアドリブでやってくださった仕草で、私がそれをめっちゃ良いですね! と言ったらその後もやってくれました。どう写っているかに頓着がない大胆な演技で、モニター越しに松浦さんを見るのがとても楽しかったです。

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――この作品ではいろんなジャンルの演者たちがキャスティングされています。彼らとのお仕事はいかがでしたか?

とても楽しかったです。バンドメンバーは物語導入の大切なやりとりがあったのですが、普段からちょっと哲学的な話をしている、それが当たり前である雰囲気でやってくださいとお願いしました。いったん脚本ではなくエチュードで「幽霊の声」について考えてもらったりしたのですが、三人とも考えていることが面白かったです。後半の家のシーンは、佐藤結良さんが4人の基調になってくれていた気がします。本読みの時も佐藤さんが話すと空気が落ち着く感じがありました。

――今後もいろんな活動をされていくと思いますが、映画とはどんなふうにつきあっていきたいですか?

死ぬまで映画を作りたいです! あと映画館という空間が大好きなので、監督作をたまに映画館で上映できたら嬉しいです。

映画が好きというよりも、映画館が好きなのかもしれない(笑)。映画館、みんな心騒音なのに静かに座って映画と向き合っていて変な空間ですよね。隣の人が小さく感情を漏らしたら映画の時間もまた変化が生まれて、めちゃくちゃ面白い。幼少期の自分の創作を大切にしているように、たとえ距離が生まれても、今の自分が考えていることをずっと大切にして映画を作り続けたいです。

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