【映画評論「サンダーロード」】“流れないラブソング”が胸に響きわたる不器用なダメ警官の悲喜劇
2020年6月19日 18:00

[映画.com ニュース] 何らかの理由でこのちっぽけな米インディペンデント映画が気になってしょうがない人に、まずは助言しておこう。うっかり開映時間を間違えたり、直前にトイレに駆け込んだりして、本作の冒頭を見逃してはいけない。なぜなら、この切なくもおかしい駄目男の奮闘劇のすべての起点がファースト・ショットに凝縮されており、なおかつ本作最大の見どころと言っても過言ではないからだ。
その12分間におよぶ入魂の長回しで撮られたファースト・ショットは、これが本邦初登場となる新鋭監督ジム・カミングスが2016年に製作した短編をセルフリメイクしたものだ。愛する母親を亡くした警官ジム(カミングス)が、葬儀場で弔辞を述べるために参列者の前へ進み出る。ところが母親への悔恨の情に打ちひしがれ、頭の中が混乱したジムは、言いたいことが言えなくなってしまう。さらに、母親に捧げるはずだったブルース・スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」は、カセットプレーヤーの故障で流れず、見るも無惨な醜態をさらけ出すという導入部だ。
あまりにも痛々しくて笑いさえも凍りつくオープニングの“その後”の物語を新たに創造したカミングスは、公私共に絶不調の主人公ジムの人生が壊れゆく様を描き出す。妻との離婚調停、生意気盛りの娘の反抗、職務中の珍プレーや上司との衝突。いかにもありふれたエピソードの詰め合わせなのに、他のアメリカン・コメディとは何かが違う。万事が一生懸命すぎて空回りしてしまうジムのどうしようもない不器用さを、全身体当たりで表現したカミングスの演技。それでいて慎ましさや巧みな省略の技も心得た演出が、過度に湿っぽくなることを回避し、切実な情をじんわりと胸に染み渡らせてくる。しかし、本当の感動が待っているのはその先だ。
冒頭の葬儀シーンで流れなかった「涙のサンダーロード」は、最愛の女性に駆け落ちを持ちかけ、希望なき田舎町から約束の地へ旅立とうとする男の心情を歌い上げたものだ。スプリングスティーンだからこそサマになるラブソングなのだが、驚いたことに本作はこの名曲を劇中で直接流すことなくその熱きスピリットを注入し、気恥ずかしさも吹っ飛ぶ澄みきったエモーションへと結実させた。もはや壊れきった人生の修復など不可能と思われたジムが、ありったけの愛を絞り出す終盤のシークエンスがまさにそうだ。
もう一度書くが、ファースト・ショットを見逃してはならない。その“笑いさえも凍りつく”イメージがエンディングでまさかの反転を成し遂げ、しばし忘れえぬ特別な余韻に浸らせてくれるのだ。
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