常に恐怖を感じていた――衝撃作「馬三家からの手紙」監督が直面した“中国の暗部”
2020年3月20日 17:00
[映画.com ニュース] 中国・強制労働施設の知られざる実態を紐解くドキュメンタリー「馬三家からの手紙」(3月21日公開)。同作は、1通の手紙から始まった“恐怖”からの脱出が、想像だにしない結末へと導かれていくさまを切り取った衝撃作だ。苦難の末に作品を完成させたのは、中国系カナダ人監督のレオン・リー。来日を果たしたリー監督が「最初から最後まで、常に恐怖を感じていた」という製作の裏側を明かしてくれた。
カメラが向けられているのは、北京のエンジニア・孫毅(スン・イ)。1997年に法輪功を修め始め、99年の中国共産党政権による「法輪功の禁止」によって、過酷な弾圧を受けるように。当局によるプロパガンダに関する情報を伝えようとしていたところを拘束され、北京五輪の期間中には、悪名高い「馬三家労働教養所」に送り込まれた。この「馬三家労働教養所」は、リー監督いわく「刑務所よりも行きたくない“恐怖の城”」だという。
製作のきっかけとなったのは、12年に読んだ新聞のニュースだった。その内容とは、米オレゴン州に住む女性ジュリー・キースがスーパーで購入した中国製のハロウィン飾りの箱に入っていたものが、孫毅の“SOSの手紙”だったというもの。手紙には、拷問・洗脳を受けている時の状況が詳細に書かれており、このメッセージが次々と広まったことで、中国の労働教養所制度を崩壊させるまでに至ったのだ。拷問を受け生死をさまよった孫毅は、2年半の刑期の後に釈放されている。
孫毅と会ってみたい――リー監督は決意を固めた。
「(アプローチは)非常に難しかったです。中国の記者や友人に『孫毅さんを探してほしい』と依頼しましたが、なかなか見つからなかった。3年が経った頃、ようやくある知人から『もしかしたら、孫毅が見つかったかも』と言われたんです。その時は信じられませんでした。Skypeで連絡を取ってみると、孫毅さんは具体的な状況を話してくれましたし、『一緒に映画を作りたい』とオファーを快諾してくれたんです。やがて筆跡鑑定をしたうえで、“SOSの手紙”を書いたのが孫毅さんだったと確定しました。絶対に映画にしたい、多くの人にこの事実を知らせたいと強く思いました」
製作をスタートさせる際、2つの問題が立ちはだかった。それは「(中国当局が目を光らせているため)リー監督が中国本土に行けないこと」「孫毅が撮影機材を扱えないこと」。リー監督がとった手法は、Skypeで連絡を取り合いながら、孫毅に撮影のノウハウを教え、カメラマンとしての任を託すというもの。「カメラの操作、カメラと被写体との距離など、孫毅さんにとっては難しいことだらけ。時間をかけて細かく指導したのですが、ふと違和感を感じたのです。このままでは、全ての映像が“私の考え”に従ったものになってしまうと。そこから『自由に撮ってください』と方針を変えました。プロの監督にはない視点で、孫毅さんは面白いものを撮ってくれましたし、より“リアル”を感じる仕上がりになっているはずです」と告白。そうして始まった撮影は、常にリスクが伴うものだった。
「私は海外に住んでいるので、まだ安全ですが、中国国内に住んでいる孫毅さんは、常に命が狙われている状態。朝に家を出たとして、夜に帰ってこられるかわからないほどです。もしも孫毅さんと連絡がとれなくなってしまったら、たとえ連絡が来たとしても“悪い知らせ”だったら――そう思うと、非常に怖かったです。しかし、この件は誰もが避けている題材。私が作る義務を感じていました」
孫毅が撮影した素材は、ハードディスク4個分という膨大な量。「素材は、私への郵送はおろか、ネットでも送ることができなかったので、色々な方に頼み、4カ月もかかって届きました。ハードディスクにはパスワードを設定していたんですが、一度でも不備があったら、内容を全て削除されてしまう可能性もありました」と振り返るリー監督。劇中ではアニメによって、「馬三家労働教養所」内部のシーンを表現している。この手法は、孫毅の“絵心”が発想の源だった。
「彼はたくさんの絵を描き、私に送ってくれていたんです。それが非常に素晴らしい出来だった。子どもの頃から漫画が好きだったようですよ。孫毅さんは釈放されてからは『馬三家のことを全て忘れたい』と述べる一方で、“忘れてはいけない”とも感じていました。そこで、私は『(内部の描写は)アニメで描きましょう』と提案したんです。アニメパートは彼の絵を基に制作されたものですし、映像も孫毅さんが撮ったもの。この作品は、完全に孫毅さんのものだと言えるでしょう」
リー監督は、本作の製作を通じて「孫毅さんは一見弱そうに見えますが、実は非常に強い人」と感じたという。
「1949年以降、特に文化大革命を経て、中国からは多くの素晴らしい文化が消えました。昔の中国では、真実を伝えるためならば、たとえ命を落としても、進言すべきものは絶対にしていました。しかし、今の中国はどうでしょうか? 粉ミルクのメラミン混入事件、偽ワクチン事件――ありえないことが次々と起こっています。社会がここまで酷くなると、どんなに経済が成長しても、未来はない。ただ、孫毅さんのような方がまだ大勢いることも事実です。この映画は、世界各地で上映されました。私は観客に対して『新聞やニュース、そして観光で見る中国は“本当の中国”ではない! 孫毅さんのような方が“本物の中国”だ!』と言ってきました」
映画のクライマックスは、インドネシアを舞台にしている。リー監督は、そこでようやく孫毅と直接対面することになった。「想像通りの素晴らしい方でした。まるで私の兄のように、(作品の)進捗状況について心配してくれたんです」と語る。劇中では「馬三家労働教養所」で孫毅に刑罰を与えていた人物たちも出演しているが「(彼らは)孫毅さんの人柄に魅せられたことで、自分たちにリスクがあることを承知で証言をしてくれたんです」と明かしてくれた。
大団円を迎えるかと思いきや、本作では終幕の直前、思わず絶句してしまう事実が明示される。リー監督は、ちょうど作品の編集中に、その一報を受けることになった。「(当時のことは)今でもはっきりと覚えています。その知らせを受けて、私はこの世界のことが理解できなくなりました。一体、どうしてこんなことになったんでしょう……」と述懐。その出来事から、当初想定していたラストシーンを変更。膨大な素材のなかに唯一あった“孫毅が英語を話しているシーン”を採用している。
最後にこんな質問を投げかけた。それは「今の中国について、どう思っていますか?」というものだ。
「今の中国をどう思いますか――よく友達にも聞かれることですが、私は希望が残っていると思うんです。何故かというと、毎回このような事件が起こった際、政府の処置に対して、今まで政治に無関心だった層が興味を抱くようになってきたからです。まるで“目が覚めた”ように、中国を再認識し始めている。それがごく一部の人々だったとしても、この“気づき”を積み重ねていけば、中国は変わるはず。時間が全てを証明すると思います」
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