【国立映画アーカイブコラム】コレクションを支える「寄贈」の話――ノンフィルム資料の収集について
2019年10月13日 09:00
[映画.com ニュース] 映画館、DVD・BD、そしてインターネットを通じて、私たちは新作だけでなく昔の映画も手軽に楽しめるようになりました。それは、その映画が今も「残されている」からだと考えたことはありますか? 誰かが適切な方法で残さなければ、現代の映画も10年、20年後には見られなくなるかもしれないのです。国立映画アーカイブは、「映画を残す、映画を活かす。」を信条として、日々さまざまな側面からその課題に取り組んでいます。広報担当が、職員の“生”の声を通して、国立映画アーカイブの仕事の内側をご案内します。ようこそ、めくるめく「フィルムアーカイブ」の世界へ!
皆さまは、国立映画アーカイブがどのようにコレクションを収集していると思いますか?
当館のコレクションは、大きく「映画フィルム」と「ノンフィルム資料」の2つに分けることができます。
ノンフィルム資料とは、脚本や美術資料などの映画製作で用いられる資料、チラシやポスター、スチル写真やプレスシートなど宣伝のために作られる資料、映画雑誌や映画図書、パンフレットなど……フィルム以外の映画に関連するあらゆる資料のことで、いずれも、映画文化を形作ってきた重要な記録。映画の前売券さえも、立派なノンフィルム資料です。
実は、ノンフィルム資料は、新刊図書や一部の古書など予算で購入するものもありますが、多くは「寄贈」によって収集されています。
寄贈元は、映画会社をはじめとする企業・団体など多種多様ですが、特に大きな役割を占めているのは、個人の寄贈者です。
ノンフィルム資料を扱う「資料室」の室長である主任研究員の岡田秀則さんは言います。
「フィルムアーカイブの歴史を振り返ると、ノンフィルム資料はフィルムに比べてなかなか重要性が認められず、収集・保存が後回しにされるという時代が長くありました。そんな時代にノンフィルム資料を守っていたのは、個人コレクターの方々でした。日本でも全国の個人コレクターが“映画資料をなくしてはならぬ”と、私財を投じて人知れず奮闘されていた。そのことに、私たちは感謝をしています。情熱を持った人間のパワーは素晴らしいといつも痛感します。御園さんのように、生涯集めた莫大な資料を当館に寄贈してくれたことは、とても有り難いことなんです」
御園さんとは、日本の映画資料コレクターの第一人者として知られる御園京平(みその・きょうへい:1919-2000)さんのこと。小学生時代からコレクションを始め、絶えることのない情熱を注いで生涯集められたコレクションは「みそのコレクション」と呼ばれ、ポスター、スチル写真、プログラム(チラシ、パンフレット)で、質・量・分野において他を寄せ付けない豊かさを誇りました。
御園さんは、自身の収集に関するエッセイも残しています。授業を抜け出して映画館のパンフレットを貰い歩いた中学生時代。第二次大戦中、灯火管制下の東京の真っ暗な夜に映画「勝利の日まで」のポスターを映画館前から剥ぎ取った青年時代。そして、“日本最初の映画スター”尾上松之助の出演した時代劇のポスターを四国・九州・東京を渡って5年をかけて探し当てたことなど、「欲しい」と思ったら何が何でも貫き通す、時間と手間を惜しまない粘り強さ、情熱に驚かされます。
95年、御園さんはフィルムセンター新館オープンを記念して3000点以上のポスターを当館に寄贈。逝去後の05年には、遺言に従ってポスター以外の約6万点ものノンフィルム資料が寄贈されました。
こうして「みそのコレクション」は、当館の「残す」=保存活動だけでなく、展示や研究にも大いに生かされています。御園さんがおひとりで長い時間をかけ収集された膨大なノンフィルム資料の数々が、国立映画アーカイブの資料コレクションの最初の柱を築いたのです。
当館7階の常設展「NFAJコレクションでみる 日本映画の歴史」にも、「みそのコレクション」が多数展示されています。
その中のひとつに「カチューシャ」(1919年、田中栄三監督)のポスターがあります。この作品は、フィルムが既に失われています。しかし、残されたポスターに載せられた登場人物名や配役、場面写真から映画の詳細を知ることができ、どのように宣伝がされていたか、当時の空気までもが伝わってきます。
ノンフィルム資料は、失われた映画の痕跡を辿るためにも、かけがえのない価値があるのです。
国立映画アーカイブで開催中の展覧会「映画雑誌の秘かな愉しみ」にも、個人コレクターとフィルムアーカイブの「繋がり」を感じられる展示があります。
本展の終盤に展示されている「雨夜全による雑誌分類カード」。これは、文部省で教育映画の企画を担う傍ら、大正期から終戦直後までの映画雑誌を生涯に渡って収集した雨夜全(あまや・たもつ:1903-1982)さんが自作した「分類カード」です。
裏面が郵便ハガキになっているこのカードは、自身の所蔵雑誌を分類するためだけではなく、全国各地――とりわけ地方の雑誌発行者に送り、商業雑誌から同人雑誌、学生映画研究会の機関誌まで、あらゆる映画雑誌を調査するために使われていました。現物が手に入らなければ書誌情報だけでも入手しようという、雨夜さんの強い執念が感じられます。
雨夜さんのコレクションも、寄贈によって収集されています。寄贈に携わった当館客員研究員の佐崎順昭さんに、その経緯を聞いてみました。
「雨夜さんは戦後に文部省を離れてから、松戸で学生寮を営んでいました。お亡くなりになられ、その寮を壊すことが決まったときに、お孫さんがフィルムセンター(当時)に連絡をくれたんです。“こういう雑誌があります”と電話口で説明を受け、中には『活動写真雑誌』みたいな名前もあって、“それは大変な本ですよ!”ということで、現物を見るため一回うかがい、その後、車を用意して引取りにいきました」
ここになら安心して託せる、と雨夜さんのご遺族が信頼してくださらなければ、雨夜さんのコレクションが当館にやって来ることはありませんでした。
佐崎さんは、最初にコレクションを見た時のことを「遺された資料はとても綺麗に残っていて、単なる趣味で集めていたのではなく、こういうものを相対的に体系化して残さなきゃいけないという使命感や熱意が、コレクションやお孫さんのお話で伝わってきました」と振り返ります。
収集された方の思いを理解・尊重し、「映画を残す、映画を活かす。」活動に繋げていくことが、日本で最大のフィルムアーカイブである当館の仕事であり、使命なのです。
資料室は今でも日々、さまざまなノンフィルム資料の寄贈の相談を受けています。室長として業務を率いる岡田さんは、その際の心がけをこう話します。
「ご寄贈の相談をされる方は、必ずひとつの決断をしています。公的な機関に寄贈して、その資料が保存されることに意味があると思って、私たちに声をかけられたわけです。ですから、必要とあらば先方が資料を保管されている場所に駆け付け、しっかりしたコミュニケーションをとれるようにしたいと思っています。映画の歴史は広大で、しかも微細なディテールに満ちていますから、どんな分野のどんな文脈であってもその方のお話をなるべく深く分かるだけの知識を持つこと、そして資料の価値を理解することが大切です」
種類が多彩なノンフィルム資料の価値を十全に見極め、寄贈者への感謝を決して忘れず、研究・公開を通じて責任をもってコレクションを未来に引き継いでいく。
そのためには、正確なカタロギングや適切な温湿度下での保存、時には修復といった幅広い業務が必要です。それぞれのドラマを背負って収集されたノンフィルム資料は、一体どのように国立映画アーカイブで保存されているのでしょう。次回、ご紹介します。お楽しみに!
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