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【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「バンクシーを盗んだ男」

2018年8月3日 15:00

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ベツレヘムの壁に描かれた「ロバと兵士」
ベツレヘムの壁に描かれた「ロバと兵士」
(C)MARCO PROSERPIO 2017

「芸術の価値とは何か?」というとてもホットな論争の映画。見始めると、最初は「バンクシー、すげー!」と単純に熱狂しているだけなんだけど、だんだんと時間を追うごとに、深く難しいことを考えさせられるようになる。最後までくっきりした正解はないんだけど、どこまでももやもやとさせられて、見終わった時には芸術に対する考え方が一新させられたような気分になる。

バンクシーはご存知のように、世界的に有名な覆面アーティスト。本名も顔写真も公開されておらず、プロフィールは謎に包まれている。さまざまな都市に神出鬼没で現れ、壁面に無断で絵を描いてさっていく。彼の作品は過去にサザビーズで2億円近くで競り落とされたこともあり、非常に価値が高いとされているが、いっぽうで壁のグラフィティ(落書き)でもあるので、行政や所有者によって消されてしまったりすることも少なくない。

本作の中心になるのは、パレスチナのヨルダン川西岸地区・ベツレヘムの壁に描かれた「ロバと兵士」という作品だ。イスラエルの兵士が、ロバの身分証をチェックしているという風刺的なグラフィティアート。

グラフィティアートの所有権を、バンクシーは主張できない。なぜなら無断で違法に描かれたものだからだ。となると、所有権は誰にあるのか? それは壁の所有者ではないのか?

……ということで、この壁のある建物を取得し、作品をウォータージェットカッターで分厚く切り取って、海外に売り飛ばそうとする人たちが登場してくる。しかも全員が顔出しで出演!

この行為は果たして許されるのだろうか? 「ロバと兵士」は、パレスチナの空の下に物理空間に露出しているからこそ価値があるのであって、それが欧米の金持ちに買われてしまったら、意味がないのではないだろうか?

でもそういう素朴な反発に対しては、こういう反論も登場して来る。「それを言い出したら、ゴッホの絵だってアルルの明るい日差しの下でこそ観られる価値があるという話になってしまう。美術館に絵を保管するという行為そのものを否定してどうする?」

そう、アートというのは人類にとって大きな価値のあるものだけれど、それは同時にビジネスである。つねに作品が生まれた場所から切り離され、普遍的な「価値」と「金額」が付与されていく。バンクシーもその例外ではないはずだ。

この深いテーマに加え、本作では「ロバと兵士」というバンクシーの作品そのものの問題も問いかけられている。「ロバと兵士」はイスラエルによる監視をテーマにしている。しかしアラブ世界ではロバは侮蔑の象徴でもあるといい、パレスチナ人をロバに例えたこの作品には「俺たちをバカにしている」という反発も生まれているのだ。

アートは常に、描かれた対象とのコンテキストの中で評価されるべきなのか。それとも、そうしたコンテキストを超えた普遍的な価値を認めるべきなのか。そしてその価値に対しては、どのような金銭的な意味があるのか。本作は、アートと世界との関係を深く深く考えさせられるドキュメンタリーである。

バンクシーを盗んだ男」は、8月4日から全国順次公開。


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