「戦争に勝者はいない」 シリアのラジオ局を映したドキュメンタリー「ラジオ・コバニ」監督に聞く

2018年5月11日 14:30

ラベー・ドスキー監督
ラベー・ドスキー監督

[映画.com ニュース]イスラム国(IS)との戦闘により瓦礫と化したシリア北部の街コバニで、手作りのラジオ局を立ち上げた大学生たちの姿を中心に、復興を目指すコバニの人々に降りかかった激動の3年間を追ったドキュメンタリー「ラジオ・コバニ」が5月12日から公開される。クルド人のラベー・ドスキー監督が、作品と撮影時の状況を語った。

コバニはクルド人民防衛隊(YPG)と連合軍の支援により、2015年1月に解放されたが、数カ月にわたる戦闘により街の大半が瓦礫と化してしまった。そんな中、友人とラジオ局を立ち上げた大学生のディロバン・コバニは、ラジオ番組「おはようコバニ」をスタートさせる。番組では生き残った人々、戦士、詩人などの声が放送され、街を再建して未来を築こうとする人々に彼女の番組が希望と連帯感をもたらしていく。

--「おはよう コバニ」をどのようにして知ったのか、そしてディロバン・コバニを主人公に映画を撮るに至った経緯を教えてください。

「当時、私たちは映画を撮るためにトルコからシリアのコバニに向かっていました。ご存じかもしれませんが、トルコからコバニに入るには違法なルートで行くしかありません。トルコ政府があらゆる手を尽くしてクルド人地域との国境を封鎖しているからです。その一方で、トルコ政府はイスラム国(IS)の戦士たちをサポートしています。私とクルーが有刺鉄線を突破しようと国境付近で待っていた時、タクシーの運転手がラジオを聴いていました。私はそのラジオで女性DJの声を耳にしたのです。彼女は『戦士たちのために』という曲をかけて戦士たちを励まそうとしていました。ガイドと運転手にラジオ局について尋ねたところ、声の主はディロバンという人だと分かりました。その日の夜、私たちはトルコの地雷や戦車を突破して国境を越えました。そして翌日、ディロバンを探しに行ったのです。出会った初日に彼女の声を録音しました。まさに一目惚れです。パワフルな声を耳にし、美しくて勇敢で知的な女性を目の前にして、ドキュメンタリーの被写体に望まれる魅力を全て備えた人だと確信しました。そしてクルーに“この人だ!”と言ったのです」

--2014~16年に撮影された本作ですが、戦闘中の危険な現場もあったと思います。

「最初の2回が最も大変でしたが、幸い私は1人でした。当時、街の80%がISの支配下にあり、クルーは連れていかなかったのです。現地の状況がよく分からなかったし、私には戦地での撮影経験は全くありませんでしたからね。小さなバックパックにカメラとその他の機材だけを詰め、現地に入りました。1回目は市街地での戦闘をたくさん撮りました。街には日本人ジャーナリストたちもいました。1カ月後に再び現地に赴きましたが、クルド人民防衛隊(YPG)の手引きで国境を越えようとして、トルコの兵士たちに捕まってしまいました。5人のジャーナリストが一緒でしたが、私とスウェーデン人のジャーナリストが捕まったのです。トルコの兵士たちは私がクルド人だと気づくと乱暴に扱いました。しかし、私を殴りつける一方で、スウェーデン人にはトルコのお茶を振る舞っていました。クルーと一緒に行ったのは3回だけ、街の大部分が解放されてからでした。メンバーは3人。撮影のニーナ・ボドゥー、音声のタコ・ドライフォウト、そして私です。冷戦が続いているかのような環境の中で、私の唯一の問題は自分の恐怖心でした。監督としての責任感から、クルーのことがとても心配でした。誰かがISに撃たれたり捕まったりしたら、どうしよう。そう考えると悪夢のようで、夜がひたすら長く感じられました。でも幸い、身体的には無事に帰ってきたし、精神的な傷からも立ち直りました」

画像2

--映画完成によってもたらされたコバニの変化があれば教えてください。

「この作品によってコバニの物語が世界の人々と共有されたことを、観客たちは高く評価しています。私は、映画に出てきた人たちと話をしました。例えばジャーナリストのムスタファ・バリ、『おはよう コバニ』のビタール・アリ、ディロバンの親友シハン・ハサンといった人たちとです。彼らは映画に満足していたようでした。ただ、残念ながら映画がコバニの状況を変えたとは言えません。この作品の影響で支援組織がコバニに向かう可能性もあると希望を持っていましたが、私が知る限り、トルコが完全に国境を封鎖しています。ロジャバとの貿易はどの国にも許されていません。トルコはクルド人を非常に恐れています。ロジャバのクルド人が自由を手にしたら、トルコにいる2000万人のクルド人も自由を要求するであろうからです。トルコが恐れているのは主にその点です。

--映画の中で、ディロバンが答えに詰まった質問をします。監督にとって「戦争」とは何でしょうか?

「戦争とは死であり、トラウマであり、悪夢であり、恐怖であり、その他さまざまなものです。武器を作るのをやめろと私は言いたい。私は戦争の中で生まれ、育ち、戦争のせいで家族と共に何度か外国に逃げなくてはなりませんでした。そのたびに全てを失い、やり直しを余儀なくされたのです。私の祖母は幸せそうに“物はなくなっても、生きてるじゃないの”と言ったものです。コバニでも全く同じ言葉を耳にしました。何年も続いたこういう時代のせいで失われたものなどなかったかのように。私は、目のあたりにした現実より、そうした言葉に胸が痛みました。これがコバニで最後の戦争にはならないだろうと分かっているからです。なぜ中東には平和が訪れないのでしょうか。なぜこんなにも多くの戦争が起きるのでしょう。そうした問いに、納得のいく答えができる人がいるでしょうか。私にはできません。戦争に勝者はいないのです。武器の代わりに楽器を作り、子供たちに音楽を作らせるべきです」

ラジオ・コバニ」は、5月12日から東京・アップリンク渋谷、ポレポレ東中野ほか全国順次公開。

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