個性派・矢本悠馬「自分には自分の戦い方がある」 冷静に俯瞰する“現在地” とは
2017年10月29日 11:30
[映画.com ニュース] 若手個性派俳優・矢本悠馬が、さらなる飛躍の時を迎えている。素人だった2003年に映画「ぼくんち」のメインキャストに大抜てきされ、この世界に足を踏み入れた。多くの経験を積んだ今、廣原暁監督作「ポンチョに夜明けの風はらませて」(10月28日公開)では悪友に振り回される青年“ジャンボ”に扮し、味わい深い魅力を放っている。
「ポンチョに夜明けの風はらませて」は、早見和真氏による小説を基にした青春ロードムービーだ。トラブルメーカーの又八(太賀)、秀才のジン(中村蒼)、心優しいジャンボ(矢本)の高校生3人は、あてもない旅に出る。道中、グラビアアイドルの愛(佐津川愛美)や、風俗嬢のマリア(阿部純子)と行動をともにし、少しだけ成長しながら、自分の生き方を見つけていく。
大きな事件は起こらないが、主役3人の会話劇が心地よい快感を与えてくれる。矢本によると、その秘けつは「プライベートでの仲の良さ」だという。「今作は余白を楽しむ映画。3人がプライベートから噛み合っていないと、作品の奥行きは出ません。太賀と中村くんは年も近く、波長が合うんです。ひとつ温度を上げて本番に、という感覚はあまりなくて。誰かがアドリブを入れたとしても、ビックリすることもない。同じベクトルの面白さを追求している安心感がありました」。
アドリブに関して、矢本は“3人が立ち小便するシーン”に思いを馳せた。酔っ払った愛が取り込み中の3人に近づいてくるが、ジャンボだけ勢いが止まらない。そこで又八が愛に見えないようガードし、とっさに「ジャンボ今日、男の子の日だから」と言い訳するひと幕がある。「あそこはほぼ完全にアドリブです。僕は背中向きでおしっこがずっと出ていたら面白いのではと思って、あえて止めずにちょっとずつ出していました(笑)。テンポ感のいいシーンでは、発言を拾い合ってアドリブを入れ、面白い形にしていけました」。
作品や芝居の質を俯瞰して分析する一方で、ジョークを飛ばし、場を盛り上げる無邪気さも印象的だ。そのたたずまいは、もちろん天性の素質でもあるが、矢本は自身の人生経験が形作った側面が大きいと語る。
03年にデビューを果たしたが、数本の作品に出演した後、この業界から退いた。11年に専門学校を卒業するまで学生生活を謳歌し、自立してから再スタートを切ったことが、若さゆえの過信がない柔軟な姿勢に繋がっているという。
「学生時代から芝居している同世代の俳優たちの技術・経験値を見て、『もっと早くから始めておけば……』と思うこともありましたが、今にしてみれば、大人になってから始めて良かった。熱くなって周りが見えないこともなく、フワッとワイドに見ていられたり。かつての欠点が、今では長所だと思うことが、年々多くなっています」
独特の存在感が観客や映画人を魅了し、人気もうなぎのぼりだ。2017年は本作を含め4本の映画に出演し、「トリガール!」の舞台挨拶では女性客から「かわいい~!」と黄色い声援が飛び交った。NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」、18年のNHK連続テレビ小説「半分、青い。」にも参加。しかし本人は「マジで実感ゼロ」と苦笑し、「毎年、言われるんですよ。ブレイクしている、売れてきているって。でも、全然売れている感じしないです。まだまだですよ」と謙虚な姿勢を崩さない。
今後、矢本を必要とする作品が、ますます増えてくることは想像に難くない。さらなる高みへ……ではなく、矢本は「現状維持」を目標に掲げ、“名脇役”の道をまい進することを誓う。「今くらいの番手で、カメの歩みのように。旬で売れている人たちに嫉妬がないと言ったら、嘘になります。でも自分には自分の戦い方、勝ち方がある。僕はアイドルやスターになれる人間ではないです。だから芝居の力を磨き、『また出ている俳優』と思われたい」。
自身の“現在地”を冷静に理解したうえで、勝利の方程式を身に染み込ませつつある矢本。そして、脱力感とほんのちょっぴりの諦観を隠すことなく吐露するその姿が、「向こう側」と「こちら側」の垣根を崩し、多くの人々に好感を与えるのだろう。自分にしかない武器を手に、矢本は日進月歩を止めない。
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