「パスポートなくして、賞取った!」鈴木紗理奈、初主演映画「キセキの葉書」を語る
2017年10月22日 09:00
[映画.com ニュース] 鈴木紗理奈が映画初主演した「キセキの葉書」(ジャッキー・ウー監督)が、10月21日から名古屋、京都で先行公開中だ。鈴木は7月、スペイン・マドリード国際映画祭で、最優秀外国映画主演女優賞を受賞。40歳になったら、本格的に女優業に力を入れたいと思っていた最中、誕生日直後の栄冠だった。授賞式前夜にはパスポートや財布が入ったバッグの置き引きの被害に遭ったが、「パスポートをなくして、賞を取った!」と大喜び。人生の転機になったという同作について語った。(取材・文/平辻哲也)
「キセキの葉書」は、阪神淡路大震災から半年後の兵庫県西宮市が舞台。7歳の息子、脳性まひの5歳の娘の子育てをしながら、うつ病と認知症を併発する大分在住の母を励ますために、13年間に渡って、5000通の葉書を送り続けたヒロインの姿を描く。ラジオパーソナリティやエッセーなどで活躍する脇谷みどりさんの実話が基になっている。
鈴木は「めちゃ×2イケてるッ!」などでのバラエティでの明るいキャラクターから一変、困難な状況に時に落ち込みながらも、家族や周囲の励ましを受け、前向きに物事に取り組み、最後は奇跡を起こすヒロインを好演。初主演映画で、初の海外映画祭主演女優賞となった。「夢みたいでした。海外にいるだけでも非日常の中なのに、壇上で名前を呼ばれて、大興奮。『オー!マイガッド!』という感じでした」と笑顔が弾ける。
実は、前夜に大きなトラブルに見舞われた。「レストランで、監督、関係者とお食事をしている時に、椅子にかけていたカバンを取られてしまったんです。中には、パスポートと財布と化粧ポーチとか、いろいろ。朝まで警察にいて、寝不足でした。でも、スピーチで、『パスポートをなくしたぞ、でも、トロフィーを取ったぞ』と英語で言ったら、会場は大受けでした(笑)」。
地獄から天国へ。ジェットコースターのようにアップダウンを駆け巡る。そういう瞬間だった。マドリード国際映画祭の会期中の7月13日が40歳という節目の誕生日。「行きの飛行機の中で、40歳の誕生日を迎えて、次の日にパスポートを取られて、2日後にトロフィーをもらえた。なんかいろんなことが一気に起こりすぎてしまって、人生の転機です。いま、自分の中で確実に何かか動いていますね」と口調もやや早口だ。
バラエティでの活躍が目立つ一方、ここ最近は女優業が減っていた。オファーはあったが、子育てのこともあり、断っているうちに少なくなったのだという。「35歳くらいから、40を越えたら、女優をやりたいと事務所の人にも言っていました。『仕事が来たら、前向きにやっていきましょう』といっている中、39歳の時に映画の話をいただきました。自分としては、これをチャンスにするかは自分次第だなと。作り手側から見ると、私が主演で大丈夫かな……という思いでした(笑)」と振り返る。
長男と知的障害を持つ長女、アルツハイマー病を患う母を持つヒロイン役で、ナーバスな演技も要求されるシリアスな役どころ。不安があるのも当然だろう。「自分の子どもはいま7歳で、(劇中の長男と)同い年なんです。子どもに対する思いって、知的障害を持っていようが、同じやなと思ったんです。演じるではなく、そこに感情を入れていこう。そのほうが大事なんだ、母親をやってきたことがためになりました。子どもがいなかったらできなかったと思います」。
原作・モデルの脇谷さんは2人の子育てをしながら、アルツハイマーのお母さんを励ますために、5000通の葉書を書いた。「脇谷さんは苦労だとは思っていらっしゃらなくて、毎日しないといけないことをしていて、気がついたら、5000通になったんだそうです。『毎日やらなきゃ』と思うと、気が滅入るけれども、『とりあえず今日』『とりあえず今日』と繰り返してきた。その感覚は少しですけども、分かりました。日々懸命に生きていらっしゃるんだな。こんなにすごいことをしたんですよ、というお芝居はしない方がいいなと感じました」。
そのモデルがいるだけに、脇谷さんに寄せるべきなのか、迷いもあったという。しかし、プロデューサーから「再現ドラマを作るわけではないので」との言葉をもらい、自分なりのヒロイン像を作ろうと決めた。「監督は毎回、『主演が魅力的に映らないと意味がない』と言ってくださった。初日から、この監督に付いていって間違いないと思って、すべて言うことを聞いたんです。賞を取れたのは監督のおかげです」。
ウー監督は映画の「間」、芝居の「間」を丁寧に教えてくれた。「私、バラエティ歴が長いので、間を空けたら、ダメやというのに慣れていたんです。でも、監督は『これは映画です。ドラマじゃないから、CMもありません。あなたは主役です。主役には、主役の間というものがあるんです。言いたくなかったら、言わなくていい』と。そうか、これが主役か! これが映画か! と」
東京に長男を置いての長期ロケ。「こんなに子どもと離れていたのは初めてです。2、3日泊まったこともあり、いない間は母に見てもらって、帰れる時は帰って、という毎日でした。不安はありましたが、それが逆に力になりましたね。子どもに会えないまでして、この仕事をしているんだから、絶対大事にしないとあかん、と」。撮影現場は脇谷さん宅の三軒となりの団地。「子どもの処置の仕方などで分からないことがあったら、よく聞きに行きました。『丁寧にやらなくてええの、毎日のことやから、そうじゃないと、もたないから。パッパとやればええの』って、おっしゃるんです。すごくお芝居のヒントになりましたね」。
芸能界入りは92年、第6回国民的美少女コンテストの演技部門での受賞がきっかけ。女優業への思いはどうだったのか? 「(デビュー当時は)タレントをやりたかったんです。大阪弁で、アイドルっぽくない。こんなアイドルはおらんから、面白いかなって。破天荒にやってきたことがうまく結果に出ていたんですが、30代はしんどかった。仕事の両立、産後の不安……。これまでしてこなかった苦労をして、すごく学びもあったんです。年を重ねるうちに、私はシングルマザーとして生きていく、大阪女を生き抜くんだ、と思ったんです」。
共演したベテラン女優、母親役の赤座美代子、同じ団地に住む老女役の雪村いづみの言葉や生き方にも大いに刺激を受けたという。「今回はご縁を頂いた全員から転機になるものをいただきました。今思うのは、真面目に生きないとダメだな、ということ。ちゃんと人として生きた上で、芝居、バラエティがある。まずは人間力。地に足をつけて、シングルマザーを生き抜き、お芝居をやりたいという気持ちという思いです」。“不惑”を迎えた紗理奈に迷いはない。今後はスクリーンでの活躍も期待したい。
「キセキの葉書」は11月4日から東京・渋谷のユーロライブほかで公開される。
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