「イロイロ」アンソニー・チェン、「シンガポール人というアイデンティティが柔軟性を与えてくれた」
2014年12月12日 15:40
[映画.com ニュース] 2013年の第66回カンヌ映画祭でのカメラドール(新人監督賞)をはじめ、世界各国の映画祭で数々の賞を受賞したシンガポール映画「イロイロ ぬくもりの記憶」で長編デビューを飾った若手監督アンソニー・チェンが、私的な思いから生まれたという本作について語った。
舞台は1997年のシンガポール。共働きの両親とともに高層マンションで暮らすワガママな一人っ子ジャールーが、フィリピンからやってきた住み込みメイドのテレサとの交流を通じ、少しずつ青年へと成長していく姿を瑞々しいタッチで描き出した。昨年の第14回東京フィルメックスでも観客賞を受賞し、若手監督とは思えない完成度で注目を集めた。
これはチェン監督の少年時代の記憶に基づいた物語。「長編デビュー作はパーソナルなテーマにしようと決めていたんだ。実は僕が12歳の時に別れたメイドの名前もテレサという名前で、今でも彼女が国に帰る時に空港で大泣きしたことを覚えているよ。なぜ家族でもない人とあそこまで深くつながれたのだろうと、テーマの方から僕に訴えかけてくれた感じなんだ」という。しかし、「ジャールーはあくまで映画のために作り上げたキャラクターで、僕はあそこまでやんちゃでワガママじゃなかったよ(笑)」と弁明した。
主人公のジャールーは、生意気な問題児だがどこか憎めない少年。チェン監督は、「『大人は判ってくれない』(フランソワ・トリュフォー監督)の“シンガポール版”を探していたんだよ」という。「ディズニー映画やマクドナルドのCMじゃないので、いわゆる可愛い子である必要はなかったんだ。小学校を約20校訪問し、10カ月で8000人くらいの子供たちに会い、その後の半年間のワークショップを経てこの子に決めた。彼は一辺倒ではなく、色々なものを抱えたような複雑な顔をしてるんだ」と妥協なきキャスティングが実を結んだ。
そして、日本ではなじみのない“メイド”文化も、シンガポールではごく一般的な光景。政府がGDPを上げるため、女性が社会参画できるようにと1979年に打ち出した政策によって、メイドの導入が促進されたという。しかし、「すべては経済的理由。フィリピンから来るメイドは、大学の学位をもつ高学歴の人々も多い。だけど、自国で看護士や会社員として働くよりもシンガポールでメイドとして働く方が10~20倍も稼げる。だからたとえ自分の子どもに会えなくなったとしても、出稼ぎに来る人は多い。メイドが雇い主に虐待されたり、メイドが勤め先の子どもを虐待したり、ネガティブなイメージもいまだ強い」と実態を語った。その上で、「僕自身はメイドは一緒に居てくれる友だち、母親のような存在だった。そういう側面を描きたいと思ったんだ」という。
新人賞であるカメラドールとはいえ、熟練の中堅監督を思わせる完成度にカンヌの批評家たちも舌を巻いた。「まさかカメラドールを受賞するなんて思っていなかったよ。僕は物語を真しに誠実に描こうと思っていただけなんだ」と話すチェン監督だが、「批評家からも『40~50代の監督が撮ったのではないかというほどの成熟度がある』と評価してもらえたし、敬愛する”ヌーベルバーグの祖母”アニエス・バルダからは、『これみよがしな注目を集めたい映画が多い中で、正直でありのままな部分が特出していた』と言ってもらえたことは本当にうれしかったよ」と大きな手応えを感じていた。
現在はイギリスを舞台にした1950年代の物語を準備中だそうで、「シンガポールという人種も文化もミックスされた場所で育ち、東西両方の影響を受けた。おそらくシンガポール人というアイデンティティが、映画作りにおける柔軟性と順応性を僕に与えてくれたのだと思う」と語った。
「イロイロ ぬくもりの記憶」は、12月13日から新宿K’sシネマほか全国順次公開。
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