劇場公開日 2023年9月8日

YOSHIKI:UNDER THE SKY : インタビュー

2023年9月12日更新

「人生って挑戦」YOSHIKI、初の映画監督作品を語る

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繊細なピアノ演奏と情熱的なドラムスという相反する音楽表現で聴く者の魂を揺さぶり、年齢や性別を超越した美しきアンドロギュノスのような存在感で人々を魅了し続ける、日本のトップスターYOSHIKI。ロックミュージシャンとしてさまざまな壁を壊し、新しい表現を追求し続けるアーティストであり、イノベーターであるYOSHIKIが、今回初めて映画監督として発表する作品が「YOSHIKI:UNDER THE SKY」だ。

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本プロジェクトは、パンデミックに見舞われた2020年、「どんな困難も乗り越えていけるというメッセージを全世界に届けよう」というYOSHIKIの呼びかけでスタートしたもの。愛、友情、そして大事な人を失う悲しみ……人間誰しもが経験する普遍的なテーマを、世界的なアーティストのパフォーマンスと共に、観る者の心に刻み付ける稀有なドキュメンタリーに仕上がった。コロナ禍のリモートでの風景と、高性能カメラでゴージャスに撮影されたライブシーンなど、ハイブリッドな映像の面白さも楽しめる。公開を迎え、YOSHIKIが映画.comのインタビューに応じた。

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――初の映画監督作となります。YOSHIKIさんと音楽の歩み、世界トップレベルのアーティストたちとの共演、あたたかい人間関係を軸とし、摩天楼をバックにしたゴージャスな空撮など映像へのこだわりも感じられます。撮影の進め方や本作の見どころについて教えてください。

映画のために何か特別なことをしたということはなくて、僕の日常の一部を切り取ったような作品になったと思います。自分が監督という立場で、各分野のプロフェッショナル、様々な国の方々とコミュニケーションを取りながら進めていきました。ドキュメンタリーなので、シナリオライターがいるわけではないのですが、さまざまな物語が展開します。映画館の大スクリーンで見ていただくことを意識し、約90分という時間の中で、ある程度の起承転結を作りました。特に映像については、著名な撮影監督に参加していただき、ハリウッド大作で使うような機材を何台も駆使し、ライブ以外のインタビュー場面でも一般的なドキュメンタリーとは異なる映像を楽しんでいただけると思います。

アーティストのみんなには、音楽を通してファンと繋がれる映画であることを説明し、出演を依頼しました。こだわったのは、一つのジャンルのアーティストだけではないこと。もちろんロックもやっていますが、サラ・ブライトマンさんはクラシック的なアプローチ、ザ・チェインスモーカーズは、EDM、ダンスミュージックから……こんな風に音楽のジャンルの壁も超えることも意図しています。

コロナ禍で始まったプロジェクトなので、当時のミュージシャンたちはリビングルームで演奏しているような映像が多かったと思うのですが、僕はできる範囲で壮大にやりたかったんです。でも、監督の仕事は想像を絶するほど大変でした。アメリカ、ヨーロッパ、日本、中国などいろんな国々とリモートでやり取りしながら、カメラのクオリティを合わせたりなど多くの苦労がありました。

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――パフォーマンス以外のYOSHIKIさんのお仕事風景も見ることができます。特に、作曲の際に楽器を使わずに譜面を仕上げていたシーンに驚きました。YOSHIKIさんの頭の中では一体どんな音が鳴っているのだろう?と。

作っている楽曲にもよりますね。僕はドラム譜も書きますし、オーケストラをイメージすることもあれば、ボーカルをイメージすることも。楽器を使わないことで、自由になれて可能性が広がるんです。楽器を使うと演奏している人の手癖が出てしまうので、頭の中で(音を)鳴らすと自由にどんな音楽にも入っていける。そうやって手で譜面を書いてしまうのはいわゆる、昔ながらの作曲家のやり方です。もちろん、コンピューターも使うこともありますが、こんな風に僕が作曲する姿を見ると、たいがいみんなびっくりするんですよね。

――今作では、プライベートなご家族のエピソードも挿入されています。ご両親は、アーティストとしてのYOSHIKIさんにどのような影響を与えましたか?

今の僕があるのは、ほぼすべて両親のおかげです。僕が小さいときに両親が僕にピアノを買って、習わせてくれたことから音楽人生がスタートしています。父はジャズピアノを弾いていました。母は、僕がロックの道に進もうと思ったときに止めなかったんです。当時、ロックスターは職業として成り立つと思われていなかったので、当然、母親であれば子の将来を心配して、きちんと職業に就きなさいと言いたかったとは思いますが。

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――1980年代半ばから広く認知されるようになった、“ヴィジュアル系”と呼ばれるバンドの表現は、年齢や性別などにとらわれないさまざまな壁を越えた自由なものでした。現在では当たり前に認められるようになりましたが、振り返ると、YOSHIKIさん、そしてX JAPANの功績は大きいですね。

当時僕らが髪を染めたり、メイクをすることに全く風当たりがなかったわけではありません。ヴィジュアル系はひとつのジャンルではなく、表現することの自由や、ある種のカルチャームーブメントだったと思うのです。ルールや決まりの中で窮屈に生きることだけでなく、自分自身でいることを自由に伝えればいい。それが始まりで、今でもそう思っています。自分たちがこれまでやってきたことがやっと時代とマッチしてきたな、と感じます。

――音楽のほか、チャリティ活動も積極的に行われていますね。

僕自身もそうですが、人は人を救うことで自分が救われると思うんです。僕がロールモデルになるとは思っていませんし、過去にはめちゃくちゃなこともたくさんしてきました。いろんな車を所有したかったりと、多少物欲があった時期もありました。でも、そういうことで心は満たされないんです。チャリティのように何かを必要な場所に与える方が、自分にも生きる勇気を与えてもらえるとわかって。自分の存在で少しでも誰かが救われていると思うと、生きていていいんだと思えるのです。“みんなで助け合う”このテーマは映画にも反映されていますし、誰もがそういう気持ちは持っていると思うので、チャリティ精神が根付いてくれるとうれしいですね。

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――YOSHIKIさんは、オフの際などどのような映画をご覧になりますか? また、映画音楽制作にご興味はありますか?

感動する映画が好きなんです。「フォレスト・ガンプ」のようなストーリーが響く映画が好きですね。今回の僕の映画では、「レインマン」にかかわった方もプロデューサーとして参加しています。「ゴッドファーザー」シリーズも大好きで。僕はワインを作っているので、(フランシス・フォード・)コッポラ監督とワインを飲んだこともあります。マーベルも観ます、Netflixの「イカゲーム」も楽しく観ました。映画音楽もすごく好きで、ハンス・ジマーさんとは何度かお会いしたことがあります。素敵な楽曲を作ってらっしゃるなと思います。

僕も映画音楽の話をいただくこともありますが、膨大な時間がかかる仕事なのでチームをうまく作ればできるかもしれません。今回の映画も、監督としてとてつもない時間を使いましたが、それぞれのスペシャリストたちが、僕の元に集まってくれたからこそできたことです。音楽に関しても、オーケストラを組むように、チームで取り組めたら映画音楽制作の可能性はあると思います。

――監督として、また映画作品を作ってみたいという気持ちはありますか?

すでにいくつかオファーはあります。実際、監督の仕事はものすごく大変でした。でも、この経験で何かが芽生えたんです。僕はクリエイティビティがいつも爆発していて、「ENDLESS RAIN」じゃないですが(笑)、いろんなアイディアや要素がとめどなく降ってきて。時には傘を差すようにそれを遮らないと、クリエイティビティに押しつぶされそうになってしまうんです。

今回最初の映画作品として、細かい部分までかかわって学んだことがたくさんあります。僕は、人生って挑戦だと思っていて、その挑戦はいつから始めてもいいんです。誰にとっても、何かを始めるのが遅いなんてことはない。ですから、今回はドキュメンタリーでしたが、ドキュメンタリーでない作品(の製作)もあると思います。

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 超多忙な合間を縫い、穏やかにインタビューに応じてくれたYOSHIKI。「人生は挑戦」と語るように、今回新境地を開き、その生き様を“光と影”でスクリーンに映し出す。ファンはもちろん、X JAPANの楽曲はあまり聴いてこなかった、テレビなどのマスメディアで見るYOSHIKIしか知らない、という世代にも是非劇場で体験してほしい1作だ。

YOSHIKIは9月14日(現地時間)にハリウッドを象徴するTCLチャイニーズ・シアター(アメリカ・ロサンゼルス)の祝典で自身の手形・足形を刻む。1927年に同劇場がこのハリウッドの伝統的な祝典を始めて以来約100年、日本人アーティストが選出されるのは初めての出来事となる。

(取材・文/映画.com編集部 松村果奈)

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