「名もなき人」市子 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
名もなき人
突然行方不明となった恋人市子を探す長谷川はその行方をたどるうちに彼女の壮絶な過去を知ることとなる。そしてようやく現在の彼女にたどり着いたとき彼女はもはや自分の知っている彼女ではなかった。そもそも自分が知っていた市子という女性はこの世に存在したのか。
貧困、劣悪な環境で育った彼女には戸籍がなかった。法の不備やネグレクトなどが原因で今の日本では累計一万人もの無戸籍者がいると推定される。
重度の障害を抱える妹の介護は実質母子家庭では彼女の役割だった。ヤングケアラー、部屋には当然クーラーなどない。
むせるような夏の暑い盛り、彼女は妹の呼吸器を外す。息絶える妹、それに感謝する母親、これで肩の荷が下りたと。幼い彼女にとってそれは自分を守るためにした行為だった。
しかし、妹の戸籍を借りて学校に通う彼女の生活は妹の介護から解放されても変わらなかった。義理の父による性的虐待、それに耐えかねた彼女は相手を殺してしまう。苦しみから逃れようとした行為がさらなる苦しみを生む、この不幸な境遇を洗い流してくれと言わんばかりに彼女は土砂降りの雨に身をさらす。
高校を卒業し家を出た彼女、無戸籍ゆえにできる仕事は限られる。こんな自分は普通に生きていくことはできないのか。
過去を捨て市子として生きようとした彼女は長谷川と出会いひと時の幸せを手に入れる。だが彼からのプロポーズを受けた矢先、彼女の過去が容赦なく追いかけてくる。着の身着のままでその場から逃げ出す彼女。
市子として新たな人生を生きようとした彼女だったが、戸籍のない彼女はこの社会では存在しないも同然だった。婚姻届けも出せないのだ。そして自分は殺人者だった。この社会で誰でもない自分は殺人者であることだけは確かだった。そんな自分が長谷川と幸せになれるはずがなかった。
彼女は自分の境遇を呪ったことだろう。戸籍のない自分はこの社会では何者でもない、何者でもない自分がこの社会の何かに縛られて生きなければならないなんて理不尽だと。だからこそ彼女は何者でもない存在として最後の手段をとったのかもしれない。
市子の行方を捜す長谷川が彼女にたどり着いたとき、それはすでに自分が知っている彼女ではなかった。月子でもなく市子にもなれなかったどこの誰とも知れない自殺志願者の女なのだ。
自分の過去を知る同級生の北を殺し、自分の身代わりとなる女性も殺してその戸籍を奪った彼女。壮絶な人生の末にもはや引き返すことのできないところまで行きついてしまった彼女。
この社会のすべてのセーフティネットから零れ落ちてしまった彼女を誰が救えたのだろうか。自分ではどうすることもできない境遇に生まれ苦しみ続けた彼女が生きていく唯一の道はこれしかなかったのだと、そうするしかほかに道はなかったのだと思わせるほどの壮絶な悲しい人生。
作品冒頭とラスト、夏の日差しの下で汗を垂らして無心で歩く彼女の姿が描かれる。彼女は何者になったのか、ただの冷酷な殺人者か、あるいはこの社会でもがきながら生き抜こうとする何かか。
人間社会で置き去りにされた一人の女性の狂おしいまでの悲痛な叫びが聞こえてきそうな作品。女優杉咲花の存在感に圧倒された。
おはようございます😃朝早くからすみません。月子が出生した時の戸籍はあるし、乳幼児健診でDNAがわかりますね。市子は健診も駄目。高校時代は月子です。通えないです。
お忙しい中すみません、
また後ほど。
無戸籍の人が殺人を犯したら、法律はどのように裁くのでしょう?
発見された自殺希望者の女性の身元はどうなるのでしょう?以前観た『火車』だと身代わりにした人物の遺体はバラバラにして捨てて残らないようにしていました。