「苦く渋い。」フェラーリ 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)
苦く渋い。
2023年。マイケル・マン監督。1958年、一人息子を失って共同経営者の妻ともうまくいかないフェラーリ創業者は、愛人との間の息子の認知を巡っても危機にあり、さらに会社の経営は切羽詰まっている。それでもレースにこだわる元レーサーの創業者が大勝負に挑むという話。安直な感情移入を拒否する意志につらぬかれている。苦く渋い。
たしかにレースが山場となっているのだが、「その時」にむかって一直線に盛り上がっていく一面的な映画ではなく、複数の人々が複数の思惑で交錯しているさまが丁寧に描かれている(そもそも、レース自体が「誰が勝つか」を超えたとんでもない事態を巻き起こす。勝者の祝福さえ苦い)。これで130分とは信じられないほどの複雑さ。例えば、イタリアのブルジョワ社会の社交場としてオペラの一節が描かれるのだが、そのオペラを聞きながら、創業者は亡き息子を想起し、その妻は息子も含めて愛があった家族の姿を想起し、愛人は創業者との思い出を想起し、創業者の母は戦争で死んだ長男(創業者の兄)を想起する。しかも、誰もがひとつではない複雑な心情を抱いている(愛人の存在をつきとめた妻が、共同経営者として創業者に示す態度を見よ)。
レースの場面が多い。カメラが車に迫り、追い抜き、回り込む。切り返しで真正面ではなく、後ろ姿をそのまま撮ることをためらわない。それは冒頭、主人公が目覚めてから家を出て車に乗るシーンまでにも徹底している。時にどきっとするほど人物の顔が大写しになるのも効果的。音響も突然ピンマイクになるかのような親密な音に切り替わっている。
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