劇場公開日 2024年7月5日

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「欧州オールドマネーの退屈と熱狂」フェラーリ comeyさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0欧州オールドマネーの退屈と熱狂

2023年11月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

エンツォ・フェラーリは高級スポーツカー事業を一代で創始して世界屈指のブランドに育て上げたが、いま初めて人生の挫折を味わいつつあった。ライバル社マセラティの猛追を受けて主要カーレースの首位から脱落、会社は経営難に陥り、妻との関係にも隙間風が吹き始めていた。フェラーリは全てを逆転させるべく世界最大の一般公道レースミッレミリアへの出場を決意、新型車の開発に猛進するが、それは新たな悲劇につながる道でもあった。

ヨーロッパの古い富裕層の生活にひそむ退屈さと熱狂を、薄暗がりに長い残光が伸びているような照明が巧みに縁取っている。この時代に自動車は電子機器などいっさい持たず、すべては鋼鉄とオイルと皮の塊にすぎなかった。それを両の手と足でダイレクトにあやつる快感は、この映画の主題のひとつ。そしてそれがもたらすスポーツカーというものの「走る棺」としての性格も、終盤に息を呑むような鮮烈さで描かれる。

イタリア語訛りの英語をしゃべる横柄でチャーミングで奔放な富豪の姿を、アダム・ドライバーは見事に演じた。そして妻役のペネロペ・クルスは、「ありあまる富と安定、しかし生活から抜き去りがたい不幸と凋落の影」というオールドマネーの本質を優雅に形にしてみせた。

マイケル・マンはハリウッドを長年生きのびてきただけあってさすがの手練れで、教会のミサと試走コースのクロスカッティングを筆頭に、編集リズムがいちどもスピードを失わない。大したものだと思う。

ただ脚本面では、エンツォや登場人物たちの生活にいまひとつ決着のつかないところが残り、傑作にはなりそこねている。

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milou