「冒頭から心をつかまれた!」マエストロ その音楽と愛と 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0冒頭から心をつかまれた!

2023年12月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

レオナード・バーンスタインは、あふれるような音楽的才能を背景として、五つの側面を持っていた。作曲家、指揮者、演奏家(ピアノ)、舞台芸術家(ミュージカルの作曲)、教育者(音楽番組の企画・進行)。映画のなかで外向的と捉えた指揮者の仕事に比べ、一番難しいのは最も才能を要し、年齢を重ねると必ず衰退し、内面に引き籠って取り組む必要のある作曲家の仕事。彼と知りあって、最大の理解者となり暖かな家庭を共に築いた舞台芸術家の愛妻フェリシアは、作曲の仕事から逃げて、不眠から薬物に依存する彼のことを「クソしかしない鳥の下に立つな」と言われてきたのにと非難した。必ずしも、バイセクシャルだけが彼の問題であったわけではない。しかし、彼女も舞台の仕事に戻ると、彼を許すことができた。イングランドのイーリー大聖堂でのロンドン交響楽団との歴史的なマーラーの交響曲第2番「復活」の最終楽章を演奏した舞台の袖がその場だった。彼の心には「憎しみ」はないと言い切っていた。
この映画で、最も心が震えたのはどの場面だったろう。耽美的な彼の録音が流れたマーラーの交響曲第5番の「アダージェット」の演奏、マーラーの第2番の再現、それから映画の冒頭、取材カメラの前で彼がピアノで弾いた晩年のオペラ「A quiet place」の一節の演奏だった。その時、彼は自分自身の作品の数が少ないことを述懐していた。この映画では、彼が作曲した曲は、どれも少し演奏する時間が限られていたように思う。
でもバーンスタインだって没後30年を超えた今、若い皆さんには本当はなじみは薄いのかも知れない。それでは、彼が私たちに一番伝えたかったことは一体、何だったのか。最近の科学の進展によってはっきりしたのだが、音楽は演奏する音楽家と聴き手の心の動きがシンクロした時に、それぞれの心に最も響く。世界で一番それができたのが、指揮者レオナード・バースタインではなかったかと思う。実際に指揮をして、音楽が変わって行くところを若い学生たちに示した、タングルウッドで撮影したと思われるベートヴェンの交響曲第8番でも、それは明らかだった。教育こそ、双方向性に違いない。
そうだ、私たちにできることは、コロナ禍以降、すっかりご無沙汰している演奏会場に直接、足を運んで、音楽と心がシンクロする場面にめぐり会うことなのだ。バーンスタインほどの音楽家に出会うことは容易ではないだろうけど。立ち上がって上半身を揺らしたり、手を挙げたり、大声をあげたりすることはできなくても、ラップ音楽とクラシック音楽は、実は同じこと。それを想い出させてくれた良い映画だった。
この映画は、監督および主演の二人、バーンスタインを演じたブラッドリー・クーパー、フェリシアのキャリー・マリガンともに、ゴールデングローブ賞(2024)にノミネートされている。オスカーにもきっとノミネートされるに違いない。
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この映画が、第96回アカデミー賞の作品賞、主演男・女優賞をはじめとする7つの部門賞にノミネートされたことが伝えられた。我が国でも、もっと多くの人たちに、この映画を見てほしかった。喫煙、バイセクシャルなど今日的な視点のみに捉われることなく。これは素晴らしい映画だ!(2024.01.23)

詠み人知らず