「ガブリエルは何を恐れたのか」けものがいる SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
ガブリエルは何を恐れたのか
深読みしないといけない難解な映画。
夢か現実か分からない展開が続き、時系列もぐちゃぐちゃ。
初めの方はひたすら会話だけが続く展開が続き、かなりしんどい。
でも見終わってみると、なぜかもう一度観てみたくなる不思議な映画。
2044年の世界ではAIが支配していて、人間の感情が不要とされている。2025年になんらかの大災害が起こり、それがきっかけでそういう世界になったことが示唆されている。主人公のガブリエルは抵抗を感じながらも、職に就くために「浄化」を受けることにする。これは、転生を繰り返すうちにDNAに刻まれたトラウマを浄化して、感情をなくす処理らしい。
もちろん、転生とか、トラウマがDNAに刻まれる、といった設定は現実の科学にはなく、この映画でのSF的設定である。
主人公は1910年のパリと2014年のロサンゼルスでの生で大きなトラウマを経験しており、それを浄化で除くことを試みる。1910年パートと2014年パートでの出来事は主人公の過去であると同時に、「浄化」の過程における主人公の精神世界でもあるので、非現実的なことも起こる。
1910年のパリでの洪水、2014年でのミソジニストによる殺人は史実である。監督は2014年の事件を忠実に再現した、とインタビューで言っている。
1910年、2014年、2044年の3つの時代で、ガブリエルとルイはどの時代でもお互いにひかれあうものの、常に結ばれることはなく、悲劇的な最期を遂げる。1910年では洪水で二人とも溺死し、2014年ではガブリエルはルイに殺される。
この映画にはさまざまな謎がある。分かりやすくは示されておらず、解釈は観客にゆだねられている。1910年のガブリエルが恐れていたものはなんだったのか。2044年のガブリエルが最期に叫んだのはなぜだったのか。人形、ハト、占い師が象徴しているものは何か。なぜどの時代でも同じようなことが繰り返されるのか。そして、「けもの」とは何か?
ここからは個人的な解釈。2044年パートにおいても、(主人公のトラウマを象徴してるっぽい)ハトが登場し、ダンスホールに客がいない、などの非現実的なことがおこるので、主人公の精神世界である可能性がある。
1910年では、地位や家柄にしばられた結婚が普通で、女性は貞節に人形のようにただ美しくあることを求められる時代であり、ガブリエルも、ルイに求められながらもルイと結ばれることを「おぞましいこと」と感じてしまう。
2014年では、自由恋愛の世界になったが、その時代に適応できなかった人間たちが恋愛難民者となってしまった。この時代ではルイは逆に自分の願望を「おぞましいこと」と語る。人形はしゃべり、人間にアドバイスを与える役割となっている。
2044年では、「感情」自体が社会に不要なものだとされており、ガブリエルは「浄化」により感情を失くそうとするが、その試みは失敗する。ガブリエルはむしろそれを喜び、今こそルイと結ばれようとするが、時すでに遅く、ルイは「浄化」により感情を失ったあとだった(ルイが偽の記憶を語ることで判明)。ガブリエルは、この先転生を繰り返しても二度とルイと結ばれない(愛し合えない)運命を悟り、その永遠の孤独に対する恐怖に対して叫び、映画は終わる。人形(AI)はもう人間と見分けがつかない見た目となるだけでなく、人間を実質的に支配する存在となっている。
1910年のガブリエルが恐怖していたのは、2044年のこの結末だったのかもしれない。
強く惹かれ合う男女が、運命の呪いによって決して結ばれない悲劇、というのは古典的なモチーフだと思う。たとえばギリシャ神話でいえば、アポロンとダフネの物語とか。この映画での占い師は、「変えられない呪わしい運命」を象徴しているのだと思う。
転生を繰り返し、何度もひかれあい、どの生においても悲劇で終わる、というので連想したのは、梅図かずおの「イアラ」だ。たぶん他にも同じ類型の物語があるだろう。
この映画を観て思ったのは、強い感情、渇望というものは、「欠乏」から生まれるのではないか、ということ。プラトンの「饗宴」では、男女が互いに惹かれ合うのは、互いに自分の欠けた半身を取り戻すために惹かれ合うのだ、という考え方が出てくる。
ガブリエルはどの時代においても満たされない思いを抱えている。その欠乏を埋めることを望みながら、しかしそれが実現してしまったとき、それを求める強い感情も失ってしまう、という恐怖も感じているのではないか。
願望の成就を強く望みながらも、それが叶えられた時、感情を失ってしまうのだとしたら。その強い感情をもっているが故に自分が自分でいられるのだとしたら、願望の成就とともに自分が自分でなくなってしまうのではないか。
ガブリエルのその思いは呪いとなり、ルイと夢の中でしか結ばれない運命になってしまったのではないか。
もう一度映画を観たら、また何かつかめるかもしれないと思いつつ、もう観ないでもいいかなー、とも思っている。
おはようございます😃
昨晩、共感頂き有難うございます。レビュー拝読させて頂きましたが、大変に分かり安"く成る程!"と思いました。私の"けもの"の解釈は、似ています。トラウマの積み重ねに依る、精神性の崩壊かなあ、と思いました。では。返信は大丈夫ですよ。
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