「“DOGMAN”はベッソン反撃の狼煙」DOGMAN ドッグマン 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
“DOGMAN”はベッソン反撃の狼煙
フランス新時代の鬼才であったリュック・ベッソンがB級アクションや凡作を連打するようになってから久しい。
加えて、#MeToo運動でセクハラ疑惑。(後に晴れたらしいが)
キャリアもここまで…と思いきや、本作がヴェネチア国際映画祭で高評価。カムバックの兆し。
一見するとこれまでのようなアクションの類いのようだが、実際見てみるとキャリア絶頂期の『ニキータ』『レオン』のようなセンスや才気が感じられる。
幼少時、父親によって犬小屋に入れられ…という実際の事件に着想。そこから物語を創造。
ある夜、一台のトラックが検問で停められた。運転していたのは負傷した女装の男。コンテナにはたくさんの犬。
何者で、何があったか…?
処遇に困った警察は精神科医のエヴリンに協力を求め、話を聞き出す。
その男ダグラスが語る壮絶な半生…。
闘犬で生計を立てる暴力的な父、卑屈な兄。
優しかった母は家を出…。
犬に勝手に餌をやった事から、ダグラスは犬小屋に入れられる。
脚色もあるだろうが、事実でもある。何という劣悪な家庭環境、衝撃の幼少期…。
が、ダグラスは犬たちの愛情に支えられる。
ある時子犬が産まれ、ダグラスは父親から子犬を守ろうとして、父親が放った散弾銃を被弾してしまい、指と脊髄を損傷。小型犬が檻を抜け出し、警察を呼びに行き、父親と兄は逮捕。
ダグラスは保護されるも、脊髄損傷で車椅子に。やっと自由になったかと思ったが、別の自由を奪われた。
ダグラスはそれを受け入れる。全ては神の定め。
父親は獄中で自殺、模範囚で早く出所した兄をダグラスは犬を使って襲撃。
施設に預けられたダグラスは、サルマという年上の女性と出会い、シェークスピアや化粧や歌を教えて貰い、初めて恋をする。
そんなダグラスに転機が。エディット・ピアフの格好でステージに立ち、熱唱。喝采を浴びる。
週に一度だけ立つこのステージが生き甲斐に。
その一方…。
犬たちとの暮らし。生活は困窮。住んでいた所も追い出されてしまう。
生きる為に犬を使って宝石などを盗む。
やがて裏社会で名が知れるようになる。“DOGMAN”として。
表舞台では華やかな姿を。裏社会では盗みや悪人に制裁を。
いつまでも安全ではいられなかった。保険会社の男に目を付けられ、凶悪ギャングから命を狙われ…。
心根は優しい男。
宗教心あり、シェークスピアを引用。思慮深く、人の心を見据えた言動。
因果応報か、犯罪に手を染め、巻き込まれていく…。
優男が犯罪者へ転落。『ジョーカー』のような例え。
いや、そもそも犯罪者なのか…? 悪巧みは微塵も無い。悪を懲らしめ、金品などは貧しい者へ。まるで鼠小僧かロビン・フッドか。
番宣では“ダークヒーロー”もしくは“アンチヒーロー”。
個人的に感じたのは、犯罪者とかヒーローとかじゃなく、特異で、哀しき男。
GODを信じながらも、GODに裏切られ、代わりにDOGを愛し、DOGに愛され…。(尚、“DOGMAN”の由来は劇中の“GOD”と“DOG”のある逆さ文字)
犬は誰に従順するかで運命が決まるという。それはダグラス自身もそう。
不条理な運命や社会に従順せず、愛する犬たちと共にする。
犯罪者か、ダークヒーローか、哀しき男か、“DOGMAN”。ドラァグクイーンで、車椅子。
この強烈インパクトのキャラを、注目株ケイレブ・ランドリー・ジョーンズが体現熱演。
複雑な難演は勿論、エディット・ピアフやマリリン・モンローなどの女装姿で煙草を咥える仕草だけでも画になる…!
彼に匹敵するほどのワンちゃんたちの名演も!
エヴリンはダグラスの壮絶な過去に同情しつつも、犯してきた事は咎め、それでいて真摯に対話する。
そんな彼女も接近禁止令が出ている暴力的な元夫に悩まされている。
思えば、何かからの抑圧や束縛は『ニキータ』や『レオン』でもそうだった。殺し屋と愛の狭間、命を狙われ少女…。
そんな設定はベッソン自身から来てるのではなかろうか。
フランス時代は飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、ハリウッドに来てからは精彩を欠け…。いつしかB級アクションの烙印を…。
本当に作りたいもの、やりたいものに行き詰まっていたように思う。
そんな時、会心の本作。
劇中で、犬たちの余りにも利口で従順な姿にオイッ!…と突っ込まずにはいられないが、そういやかつてのベッソンの作品は大胆でもあり意欲的でもあった。
ダグラスにとっては犬、ベッソンにとっては映画が自分を導き、愛し、救ってくれたかのように。
ラスト、ダグラスは車椅子から自らの足で立つ。そして神へ反逆してみせる。
その姿はまるで、長い不遇を経て、ベッソンがこれからへ挑む反撃の狼煙のように見えた。