「檻」DOGMAN ドッグマン U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
檻
なんて言うか重いテーマだったような気がする。
「魂を救える神はいても、命を救える神はいない」とか…。
主人公はおそらくクリスチャンだと思ってて、ラストを思うに「死のみが救済」とか「唯一の救済が死という社会構造」だったり「主が与えたもう救済が死を迎える事であるならば、生きる事の意味は?」みたいな事なのかなぁとぼんやり思う。
物語は主人公の回想をなぞるような展開で少年期から語られる。
まぁ…キ◯ガイの様な親と、自分を捨てた母親と、父に隷従するような兄が描かれる。犬との絆を構築するに足る環境の提示なわけなのだけども、家庭の歪みって問題提起でもあるのだろう。
かなり長い期間、収監されていたようで…よく狂わなかったと不思議なくらいだ。
そんな背景を起点に語られるのは、不寛容な社会なのかなと思う。
初恋の人に、懸命に拍手を贈る様は痛々しいほどに健気で…誰よりも強くたくさん拍手をしていても、見つけてもらえない。それはつまり届かないって事だ。
自分は車椅子で周りはスタンディングオベーションだから。多数派の価値観に埋没している状況が強烈に伝わってくる。彼は周りにも自分にも悔しいのだと思う。
職を探そうにも受け入れ先はない。
行き着く先はドラッグクイーンである。類稀なるその歌声が彼を助けてくれる事になる。
普通の生活をしたく努力もしてみたけれど、与えられたのは普通ではない環境だ。
彼の居場所は、この世界のどこにもない。
彼はどうやら犬と意思の疎通が出来るようで…犬を使って法を冒す。
なのだけど、ここで疑問に思うのは「法」の範囲と効力だ。彼を受け入れない社会が、彼以外の人を主な対象に作ったルール。彼が崇拝する神ではなく人が作った戒律を強制される理不尽さを感じていたのかも。
犬を使った犯罪も相互扶助にとれなくもなく…誰も助けてくれなかった社会で、本能である食欲を満たす為、犬が勝手にやった事。
犬を裁く法律はないから、罪っていう観点の所在を問うような事かと。要約すると法に触れなくても罪深い人間は腐る程いるって事なのかなぁって。
いやまぁ、それでなくても罪深い存在って前提なんだよな、確か。
ラストになってマフィアが襲ってくるのだけれど、それまで仲間であり癒しと思ってた犬が、一変して牙を向き襲いかかる。
二面性みたいに思うけれどそうではない。獣の習性を発揮しただけだ。おそらく人間にもそれは当てはまる。危害を与える存在には牙をむき襲いかかる事こそ本能だ。従順である事は理性を用いて被った仮面なのだ。
まぁ…死ぬまでシッポしか振らない人間もいるんだろうけど。
ラストに彼は正装し教会の前で死ぬ。
あの自白を懺悔として「連れ出して欲しい」と乞い願う。彼は命を全うしようと足掻いたのだろう。それでも、もう疲れたと。
「もういいよね。もう許してほしい。色々ハンデを抱え生きてきたけど、やっぱりここに居場所はない。どうか神の御許に連れ出してほしい」
僕らが普通に生きてる世界は彼の目にはそう映るらしい。
…うーむ。
全力で否定できないところが悩ましい。
主演の人の歌声は本人なのだろうか?
いや、たぶん違うだろうと思って見てたのだけど、違ってたとしても、こんな重たい役をよくぞ全うしてみせたと拍手喝采だ。
ずっと諦めた人の目してたもんな。
多数派の価値観に埋没…その人生の長い辛さ。救わない不寛容な社会。
生まれた環境、育つ環境が後々まであとをひく。
結果としてダグラスは犯罪者ですが、共犯は犬だけではなかったですね。
共感ありがとうございます。
イヌたちを残して逝ってしまったのがちょっと納得できんですがね、エブリンではイヌ軍団全員は世話出来ないでしょう。軍団は流れ星銀のようにどこへ向かうのか?