「巧みな演出により長さを感じさせない良作」オッペンハイマー 悶さんの映画レビュー(感想・評価)
巧みな演出により長さを感じさせない良作
【鑑賞のきっかけ】
アカデミーを受賞した作品ではありますが、上映時間が長すぎる気がして、劇場公開時には鑑賞しなかった作品。
このたび、動画配信での鑑賞が可能となったので、視聴してみました。
【率直な感想】
<予備知識は必要か?>
しばしば考えさせられることなのですが、映画というものは、予備知識を頭に入れてから鑑賞するものなのでしょうか?
私は、基本的には不要、でも、場合によっては必要と考えています。
本作品では予備知識があった方がよい作品だと思います。
主人公のオッペンハイマーについて、私は、何となく名前を聞いたことがある程度で、あまり馴染みのある人物名ではありませんでした。
ちょっと気になって、調べてみました。
私は、昭和の終わり頃に学生時代を送った世代ですが、高校時代に、参考書として使っていた、世界史用語集が本棚に飾ってあり、それを見てみました。
すると、オッペンハイマーは用語として掲載されていましたが、当時発行されていた15の教科書のうち、1冊にしか記載がないとのこと。
つまり、高校の授業で習うことのない人物でした。
これでは、何となく聞いたことのある人物となってしまうのも、私にとってはやむを得ないことかな、と。
本作品は、終戦後の二つの物語が並行して進行する形になっています。
一つ目の物語は、オッペンハイマーに対する聴聞会。
もう一つは、原子力委員会の委員長である、ストローズの公聴会。
物語は、聴聞会での質問に対して、オッペンハイマーが過去を回想するシーンの積み重ねが大部分を占めます。
本作品では、聴聞会や公聴会が何を調べるために行われていたか説明がないだけではなく、オッペンハイマーの回想も時系列に沿ってではないので、オッペンハイマーがどういう人物で、どんな生涯を送ったのか、概略を知っておかないと、物語展開についていけないおそれがあるかと思います。
<社会派ドラマではなかった>
私は当初、原子爆弾の開発のリーダー格であった人物の物語ということから、戦争とは何かというような社会的なテーマ性を強調する、社会派ドラマを想定していました。
でも、実際に鑑賞してみると、オッペンハイマーの回想シーンがほとんどを占めている、つまり、オッペンハイマーの一人称でその内面を語るストーリーであり、社会派の側面がないわけではないですが、彼の心情を描くことが中心テーマの作品だということに気づきました。
原子爆弾の開発というミッションを遂げたことは賞賛に値するものとされたものの、実際には、民間人の大量殺戮の兵器であったことによって、科学者として正しい道を進んでいたのだろうか、というオッペンハイマーの苦悩が、物語の中心軸に据えられています。
それは、社会性というよりも、一人の人間としての苦しみや葛藤という意味で、いわゆる社会派ドラマとは一線を画するように感じました。
<広島や長崎の悲惨さへの言及は?>
本作品については、日本国内では広島や長崎の原爆投下による惨状について、ほとんど触れておらず、作品の深みを損ねているのではという批判があるようです。
しかし、本作品は、オッペンハイマーの回想シーンで物語が展開しているため、広島や長崎の原爆投下やその後の惨状を映像として映し出すことは、不自然であったと思います。
その代わり、彼の頭の中に去来する描写を通じて、反核のメッセージは十分に伝わってきますから、私は、広島や長崎の悲惨さを制作サイドは敢えて描写を控えたのでは、と感じています。
【全体評価】
私自身は、あまり馴染みのない人物ではないとして、劇場公開時には鑑賞しませんでしたが、鑑賞してみると、これまでのクリストファー・ノーマン監督らしい、巧みな演出により、3時間という長さを感じさせることのない、良作であったと思っています。