「井上監督の「祭りの準備」」青春ジャック 止められるか、俺たちを2 La Stradaさんの映画レビュー(感想・評価)
井上監督の「祭りの準備」
家庭用ビデオの普及で、映画が斜陽産業になりつつあった1980年代前半。無手勝流に邁進する若松孝二監督、名古屋の新しい映画館・シネマスコーレの支配人を突然任された木全純治さん、映画監督になりたいと藻掻く井上淳一少年を全て実名で描いた物語です。井上さん自身が監督を務めます。
「誰でも一本は傑作を書ける。自分の周囲の世界を書くことだ」という新藤兼人さんの言葉を知ったのは『祭りの準備』で、それが本作中でも語られました。どちらも映画を夢見る地方青年の物語です。ああ、井上監督はご自身の『祭りの準備』を撮りたかったのだなと納得。
でも、僕にとって本作の主役は芋生悠さん演じる映研の学生・金本でした。井上青年は藻掻きながらも確かに前に進んでいくのですが、自分が何をしたいのかすら分からず金縛りになる金本の方が心に残り、井上と二人の屋上シーンはぐさりと刺さる名場面でした。「殺したいのはあんたみたいなヤツだよ!」の彼女の叫び。
若松孝二監督の語りを聞いた事はありませんが、井浦新さん演じる若松監督は前作『止められるか、俺たちを』より闊達・奔放で「こんな人だったんだろうな」というリアリティが感じられました。
この日、上映館の横浜シネマリンには、東出昌大さん演じた木全さん御本人も裏方としてお見えになり、上映後のサイン待ちの行列整理に当たられていました。名古屋の映画館で支配人を務めた人が横浜の映画館で裏方仕事をするのは何だか可笑しい光景でした。でも、映画通りに物腰は本当に穏やかで、「東出さんの成りきり振りはすごかったんだな」と感心。一方、この笑顔の裏にどんな思いを秘めておられたのかなと想像してしまいました。
そして、忘れてはいけない事。映画館で暖かな笑い声が何度も起きるのを久しぶりに経験しました。それは、作中人物の暴走や思い込み・バカバカしさへの笑いであると共に、やはりバカだったあの時代の自分自身への笑いだったのだろうな。ジイサンのノスタルジーと呼ばれても。