「戦後市井の地獄」ほかげ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
戦後市井の地獄
『野火』で戦争最前線の地獄を描いた塚本晋也が、今度は戦争直後の地獄を描く。
あの時代…。兵士も、市井の人々も、戦地も、焼け野原も、生きるも、地獄。それでも人は…。
戦後の闇市。
荒れ果て、混沌と喧騒の中に、半分焼け残った居酒屋。
そこで女は、身体を売って生きていた。
ある夜店に忍び込んで来たのは、孤児の少年。
奇妙な共同生活が始まる…。
女は戦争で夫と子供を亡くしていた。少年に亡き我が子を見る…。
少年は戦争孤児。親の記憶が…? でなければ女に懐かない。
こんな地獄の中でも、幸せや穏やかさはあった。が、それもほんの束の間…。
『ゴジラ -1.0』で浜辺美波と女の子は神木演じる青年と出会ってささやかな人並みの暮らしを手に入れたが、出会えてなければこの“地獄”に堕ちていたかもしれない。
世の不条理、苦しみ、悲しみも“暴力”と言うなら、幾度も幾度もそれに晒される。
少年の目を通して。
身体を売る女。男たちの欲望にもみくちゃに。
だからやはりと言うか、最後は予想付く。
その為、嘘を付く。本心ではない嘘を…。
が、最後にもう一度会った時、少年に真っ当な仕事をする事、しっかり生きる事、生きていかなければならない事を伝える。
趣里の熱演。朝ドラでの活躍。両親の肩書きが要らないくらい、これからが頼もしい女優。
客として店に来た若い復員兵。元教師。
穏やかな性格で、一時3人で家族のように暮らすが…、発砲音で豹変。二人に暴力を…。
河野宏紀の危うさ。
ある仕事で少年が出会った別の復員兵。片腕が動かない。
少年が銃を持っている事を知るや、それを使って…。
死んだ戦友、自分の苦しみ…。それを下した元上官に復讐。
「戦争が終わった」の台詞が、何とも哀しい。それでしか終わらせる事が出来なかったのか…?
森山未來のインパクト。
元上官は「戦争だったんだ」。
お前が言うな。お前の命令で今も苦しんでいる人がいるんだ。
個人レベルの事ではない。この国やお偉方。お前らが始めた事で、地獄に叩き落とされた人たちがどれほどいると思う?
元教師の復員兵も片腕の復員兵も、加害者であり被害者。
上官やお偉方や国もそうかもしれない。
皆が犯した罪と後悔の中で、もがき苦しんでいる。
地獄だ。
少年はそれらを目の当たりにして…。
女との別れ。
伝え教えてくれた通り、仕事をする。
うどん売りのオヤジに何度も放り投げられるも、皿洗いを続ける。根負けしたオヤジは仕事を与え、まかないと金を…。
この地獄の中に、一筋の希望(ひかり)を見た。
その金で少年は食べ物と衣服を買おうとする。
自分に…? トンネルで見掛けた浮浪者たちに…? それとも…?
闇市に響く銃声。おそらくそういう事だろう。一体誰が命を絶った…?
一筋の希望(ひかり)も、静寂も、再び混沌と喧騒の中へ。
少年も消えていく…。
まるでそれは、これから長い人生の荒浪に呑まれる少年を思わせる。
女の願い通り、しっかり逞しく生きていく事を祈って。
平和への願いでもある。
日本映画への期待でもある。塚尾桜雅クンの目力、末恐ろしい演技力…!
登場人物たちに名前は無い。
あの時代の女たち、子供たち、男たちなのだ。
それぞれ歩んだ戦後。
早くに亡くなった者もいれば、国と共に復興し、長きを家族と過ごし、豊かな人生を歩んだ人たちも。
時が流れるにつれ、あの地獄を知る人が少なくなっていく。あの地獄が遠退いていく。
来年終戦80年を前に、塚本晋也が今一度訴える。
戦争は地獄だ。
近大さん
近大さんのレビューを読みながら、色々なシーンが浮かんできました。
戦争がもたらす悲しみや苦しみ、それらを訴えかける演者の皆さんの熱のこもった演技に圧倒される、そんな作品でもありました。