「日本の写し鏡として、よくできたホラー映画」Chime mayuoct14さんの映画レビュー(感想・評価)
日本の写し鏡として、よくできたホラー映画
ホラーとSFは見ないジャンルだが、所属する映画の合評会の課題映画だったので覚悟して見ることに。
見てみると、45分でここまで引き込まれる作品を作れる黒沢清監督のすごさを実感。体感は65分くらいだった。
主人公と一緒に、観客も、初めから終わりまでずっと「不穏な緊張感」との闘い。
現実なのか妄想なのか、パラレルワールドなのかよくわからない事象と世界観。一部の事象はまず現実では起こり得ない設定だが「Chimeが鳴っている世界」ならあり得るのかもしれない。
主人公の松岡はそんな「Chimeが鳴っている世界」に入り込んだ時、狂気の殺戮行動に走る。
その世界に入り込む原因を作っているのは、不穏な動きをする家族や自分の料理教室の生徒、自分の夢を託そうとするフランス料理店の面接担当。
松岡は自分が馬鹿にされたり蔑まれたり、なきものとして扱われたりする時にChimeが脳内で鳴り、その現象が映画の中での「実に嫌な音響効果」に表されていると感じた。
ここからは映画から自分の感覚や解釈となるが、このように「何かChimeのようなスイッチが入り、殺人や犯罪が起きる」現象が昨今の日本の世の中で昔より起きやすくなっていると感じた。
昔は金策に窮した物取りや、明確な逆恨みが原因の犯罪が多かった気がするが、最近は身内や家族、隣人へのストレスが犯罪の引き金になるケースが増えていることも確実に感じている。それが、この映画で描かれた「自分の思ったようにならない」欲求が満たされない状態と紐づく、つまり非常に独善的な犯罪が横行するということ。
犯罪まで行かなくとも、例えばヘイトスピーチやネット上の中傷など、ネガティブな攻撃はこのような「承認欲求」と密接に結びつき、欲求が満たされないことがピークに達した時に起こる。
松岡も、料理教室で最後に残った生徒の不遜な態度にイラつき、崩壊している家庭生活を送り(息子に馬鹿にされ、妻には無視されている)面接官には「要らない」とされる。そのような事の積み重ねは松岡を追い詰めて行く。不穏な音の大きさが彼のストレスや不満を増大している(と感じた)。
監督は、もしかしたら、そういう「独善的な世の中」はこれからもっと研ぎ澄まされ、そのような要因による犯罪ももっと多くなり、日本という国のたどる暗い未来を映画に象徴させたのではないか…そんなふうに感じ取ってしまった。
悲観的な見方かもしれないが、映画は時にそういう「予言」を提示するものであると思う。
最後に、これまで沢山の映画で名脇役として活躍されて来た吉岡睦雄さんの主役の名演にも大きな拍手を送りたい。この名演からまた役者として飛躍され活躍されることも、併せて願う。