「黒沢清作品の濃縮されたエキスが堪能できる傑作」Chime ドミトリー・グーロフさんの映画レビュー(感想・評価)
黒沢清作品の濃縮されたエキスが堪能できる傑作
過去の黒沢清作品の濃縮されたエキスが存分に味わえる一作。上映時間45分だが、ゆうに長編作品1本を見たような充実感があった。
室内の仄暗い片隅、微かにゆれるカーテン、室内の壁に跳ね返る外の通過電車の光と音、ひんやりしたステンレス包丁、引きずられる寝袋。
あるいは、噛み合わない会話、日常の光景のなかに転がる死体、断末魔的な足の痙攣、不意に襲いかかる他人。「なにか」を見てしまった主人公の洩らす奇妙な呻き声……。
そんな、どこかで見覚えあるシーンが次から次へと出てくるが、過去作の“文脈”とは異なったカタチで現れるので、新鮮さは損なわれない。
さらにブルーの飲料自販機、路上の長くうねったタイヤ痕、生徒がぞんざいに扱う鶏肉…など、目に映り込む何もかもが不穏で禍々しい。
くわえて、神経を擦り減らすような「音」の使い方も効果絶大だ。
タイトルにある「チャイム」はもとより、アスファルトに叩きつけられたシャベルの音、尋常でない量の空き缶を手荒にゴミ出しする騒音など、日々意識せず耳にしている「生活音」がここでは不安を煽ってくる。
ただし、ときに少々やり過ぎのきらいもあって、映画『関心領域』に一脈通ずる“危うさ”を感じないでもないが。
ともあれ、このように一見脈絡なくみえる点描の不吉さが、バランスを欠いた人間の心性や情動を浮き彫りににする。さらに、クリーンで陰日向のないはずの「東京」に重く垂れこめた「空気感」までも、本作は見事に切り取ってみせる。
近年、電車やエレベーターに乗っている時、あるいはミニシアターの暗がりに身を置く時、うすうす気づいているのではないか。そう、アレと同じ「怖さ」が本作から滲み出てくるのだ。
最後に、主人公・松岡役の吉岡睦雄さん、圧巻の名演。夜の橋上を主人公が駆け出していくロングショットなど、思わず見惚れた。映画『父 パードレ・パドローネ』の終盤、モーツァルトのクラリネット協奏曲が流れる名シーンまで連想したほどだ(ちなみに同シーンの参考イメージとして、黒沢監督は『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』におけるマーゴット・ロビーの全力疾走を挙げたそうだが)。
ところで、帰宅した夫を迎えた妻(田畑智子)のあの立ち居振る舞いは、なにかの冗談? もしや小津作品『彼岸花』の田中絹代の「悪意ましましバージョン」なのか。とにかく興味は尽きない!