「いびつな世界描写を前面に押し出した、徹底的に作り込んだ映像と猟奇ミステリーが奇妙に融合した一作」ヒンターラント yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
いびつな世界描写を前面に押し出した、徹底的に作り込んだ映像と猟奇ミステリーが奇妙に融合した一作
「ヒンターラント」とは、内陸部、とか後背地といったドイツ語としてはごく一般的な単語なんだけど、その響きにどことなく禍々しさを感じ取ってしまうのは、本作の独特のビジュアルゆえでしょう。
予告編でまず強く印象に残るのは、暗く、重厚なオーストリアの街並みです。しかし建物はどれも、垂直線が奇妙に歪んでいて、現実にはあり得ない光景が広がります。意図的に水平を傾けたフレーミングと相まって、鑑賞中は常に不安定な感覚を味わうことになります。
これは第一次世界大戦後、捕虜収容所から帰還した、かつ刑事だったペーター(ムラタン・ムスル)の心の歪みと、戦争によって荒廃した世界の表現なのですが、それらは明らかに、古典的な映画作品、『カリガリ博士』(1819)などの、ドイツ表現主義の影響を踏まえています。そこにさらに、青や赤などの照明を配しているところが、美術表現の現代的な刷新を強く印象付けています。
都市を丸ごと、この奇怪な世界観で描くために、全編をブルーバック合成を前提とした撮影を行なったとのこと。画家が一幅の絵画を描くように、ステファン・ルツォビツキー監督の美意識に基づいて徹底的に作り込んだ世界を堪能することができます。
ペーターの心の歪みと猟奇的な殺人が結びついていく過程も面白く、猟奇ミステリー作品としても見応えがあります。ただ予告編でちょっと展開を見せすぎかも…。
オーストリア・ルクセンブルク合作作品ということで、『イノセンツ』と同様、ハリウッド映画を見慣れた目にはなかなか新鮮、というか刺激的な描写も堪能できます!
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