私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?のレビュー・感想・評価
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国家権力の闇に葬られる名も無き声たち
労働者一人一人の声に耳を傾け、その声を経営者に伝え、時には労働者の権利を守るために経営陣と対峙する。労働組合活動にやりがいと使命感を感じていたモーリーン・カーニー、そんな彼女が国家権力の罠に陥れられるという実話に基づいた物語。
世界的原子力企業のアレバ社は経営を立て直すために中国企業にその技術を売り渡すことを内々で進めていた。
中国との技術提携で原発建設のシェアを失えば多くの従業員が解雇される。モーリーンは労働者のために経営陣と対峙する。
しかし今回の中国との技術提携はサルコジ政権下で経済政策の一環として行われてきたもの。また福島事故の影響で欧州の脱原発の流れから受注は減少、最新式原発の建設の遅れなどでアレバの経営状況は悪化。EDFはそんなアレバの買収をもくろんでおり、安価な中国製原発の勢いに乗り部品供給の新たな市場を開拓しようという算段でもあった。
中国企業との提携を仲介したサルコジの側近である悪名高いアレクサンドル・ジュリの暗躍も見られた。また表向きは友好的な経済再生大臣のモンヴェールも中国との提携を急ぐ人物の一人。
あらゆる利権が絡みあう今回の提携話を内部告発したモーリーンはパンドラの箱を開けてしまったかのように災厄に見舞われる。彼女は目に見えない力によって陥れられていく。
白昼自宅で襲われた彼女、しかし警察はまるで彼女が容疑者であるかのように家宅捜索や周辺の聞き込みを行う。愛読書の中身や通院歴までしらみつぶしに調べ上げて、さらにはセカンドレイプのように執拗な鑑定を繰り返し、襲撃時のつらい記憶を何度も味合わせて彼女を追い詰めてゆく。ついには強面の自白要員を使って脅しをかけ彼女に虚偽告訴罪の罪を擦り付けてしまう。
警察の嫌がらせに対し毅然な態度でいた彼女だったが、判事からも警察と同じ疑いの目で見られ、ついに心がくじけてしまう。裁判では公平な判断が下されると思っていた。ましてや判事はすべてが女性であり、自分の味方だと信じていた。そんな彼女の淡い期待はもろくも打ち砕かれる。たとえ女性判事であろうとも彼らも権力の一翼を担う者でしかなかったのだ。男性刑事たちと同じく自分を冷笑するような彼らのまなざしを見て、それを思い知らされた彼女は権力に屈してしまいそうになる。劇中彼女が涙したのはこの場面だけであり彼女の失望の大きさが感じられた。
まるであらゆる権力の闇が一斉に自分一人に襲い掛かってきたような恐怖。敵が誰なのかもわからない。そんな漠然とした見えない闇の力に押しつぶされそうになる彼女。シッティングダック(格好の獲物)としてこのまま彼女の声は見えない力によって葬り去られてしまうのか。
そんな彼女に助け舟を出したのは一人の女性警官だった。彼女も捜査に疑問を感じながらも、その声は職場では聞き入れられず、モーリーンを有罪にしてしまったことを悔いていた。
彼女の情報から同じようにもみ消されたレイプ事件の被害者の声を聴いたモーリーンは再び声を上げるために控訴に踏み切る。このまま権力に屈してしまえば我々の声は永遠に闇に葬られてしまう。
頼もしい人権派弁護士を味方につけた彼女は見事無罪を勝ち取る。強さと弱さを兼ね備えた彼女を支え続けた夫や周りの仲間たちの力も大きかった。
だが、事件の犯人や黒幕の正体は明らかになっていない。いまだ真実は闇の中だ。権力がはびこる限りこの闇に光が差し込むのは難しいのかもしれない。
彼女は今も声を上げ続ける。顔も名もない声たちのために。声を上げることをやめてしまったら、それは権力の思うつぼだからだ。
日本でも国有地売却に絡む公文書偽装のために尊い命が失われるという事件があった。いまだ真実は闇の中だ。しかし犠牲者の遺族は声を上げ続ける、何度裁判で認められなくとも。そして我々もその声に耳を傾けなければならない。権力は常にその声がやむのを待っている。
前作の「エル」同様クールながらどこかもろさも兼ね備えた女性をイザベル・ユペールが熱演。相変わらず年齢を感じさせない。
【”被害者を加害者にしない。”仏蘭西原子力産業複合企業の労働組合代表女性が、一度は被害者から加害者にされながらも最終的に法的に覆し無罪を勝ち取る姿を、イザベル・ユペール独特の演技で魅せる作品。】
■実在した仏蘭西原子力産業複合企業アレバ社の労働組合代表、モーリーン・カーニー(イザベル・ユペール)は、中国とのハイリスクな技術移転契約の内部告発者となった。
その後、彼女は自宅で何者かに襲われ凌辱されるが、さらに警察側からそれが自作自演だと嘘の供述を強要され、肉体的にも精神的にも追い詰められそれを認めてしまう。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・モーリーン・カーニーを演じたイザベル・ユペールの、毅然とした労働組合代表の姿として5万人の従業員の雇用を守るため内部告発する。
が、その後自宅で襲われつつ、その真実を警察のブレモン曹長(ピエール・ドゥラドンシャン)の執拗な尋問で徐々に追い込まれ、自作自演を認めてしまう流れ。
ー イザベル・ユペールの「エル ELLE」のイメージも入ってしまい(意図的かな。)、彼女が襲われた事実が自作自演かもしれない・・、と思わせるストーリー展開が面白い。
彼女は、縛られた椅子を自宅の庭で燃やしてしまうし、拘束されたテープ類は全て自宅のモノだし。だが、過去同様の事件が有り納得できない若き女性捜査官がクレモン曹長に資料を掲示し食らいつく姿が後半効いてくるのである。-
・そして、彼女は被害者から加害者になってしまうが、常に彼女の側に立つ夫ジル(グレゴリー・ガドゥボワ)の姿に救われる。
夫の支えが無かったら、彼女は国家的陰謀に屈したのではないかな。実在のモーリーン・カーニーのコメントにもあるように。-
■4年が経ち、モーリーン・カーニーに且つての不屈の闘志が戻り、彼女は新たな訴状を提出し、世論も巻き込み、更に当時クレモン曹長に”同様の事件が有ります。”と資料を出して食らい付いた女性捜査官から資料を貰い、その事件の当事者に会い証言を得る事などにより、新しい弁護士と共に、当時の警察の捜査上の不備、押収品が全て無くなっている事を指摘し”自分は、被害者である。”と事実を勝ち取るのである。
<今作は、いわゆる社会派サスペンスになるのであろうが、根本にあるのは組織の中枢にいる女性に対する無言の圧力と排除しようとする見えない力の恐ろしさを描いているのだと思う。
故に、今作の女性の告発者であるモーリーン・カーニーが巨大組織に抗い、一度は屈するモノの最後は復活して勝利する姿に喝采を覚えるし、ラストの法廷シーンでモーリーン・カーニー演じるイザベル・ユペールが、第四の壁を抜けて観る側に毅然とした視線が
”貴方が所属している組織は、女性に対する無言の圧力と排除しようとする見えない力がないか!”と言っているように、私には思えた作品である。>
労働者を護る重大性
スキャンダルを告発したことにより敵視されたカーニーは、自宅にいたところを背後から襲われ気が付いたら地下室で椅子に拘束されていたという言い分も襲われた記憶がハッキリと覚えていないことも災いしたのか襲われたという言い分を聞いて貰えないカーニーは厳しい取り調べが続くことに精神的に疲弊してしまった結果、ついに自作自演だと認めてしまう。それが間違いだと後々発言を撤回しても認めて貰えず結果検察側の言い分が勝利してしまう。
被害者から加害者へ。
立場が無くなったカーニーは英語講師として新たなスタートを踏むのだが、そこに再び事件の操作に携わった女性捜査官がやって来ると過去に会社の不正告発をした技術者の妻がカーニーと似たようなケースの被害に遭っていたことを知り、事情を知るべくカーニーが訪れてから事態は変わってゆく。
無罪が勝ち取れるかもしれない。
可能性を信じ、弁護士を変え、新たに隠蔽していた証拠があることも分かって臨んだ裁判でついに無罪を手にすることが出来た。
6年の歳月が立ち、やっと加害者の汚名を晴らすことが出来たが、問題は再捜査が行われず犯人が弛れなのかが未だに分かっていない。つまり、同じようなことがあれば同じことが起こり得る可能性があるということで、結果巨大権力に楯突くことはこういう仕打ちが待っているぞと言わんばかりのもので、まさに正義を殺すのは誰?となると、それはもう巨大利権に対し溺れた人達が正義を捻じ伏せてまで、間違いを追及しようとした人間を弾圧する。
事件が2012年12月17日に発生とも考えたら、男性社会の女性に対する差別が未だあるのか、犯人が捕まらずに悠々と過ごしていることも含め間違ったことが正当化されてしまう世の中であって欲しくない。カーニーが危惧していた雇用者を守るということもアレヴァ社が解体されたことにより失業者が大量に出たが、犯人が誰なのかハッキリしないまま事の顛末の責任を誰も取ろうとしないのは、カーニーが望んでいたことなのだろうか?
スキャンダルを明るみにするのはやむを得ない手段の一つならば、そのために誰かが犠牲を払う形で解決するのならば、都合の悪いことには目を瞑り強い者に巻かれて事なかれ主義に走れば良いということか。何だか、そんな世の中を皮肉りつつも問題視している、そんな映画だとわたしは思った。
実話とは驚き!
現代版(かつフランス版)羅生門
映画なのだから、もう少し、はっきり描けばよいのにと思うのだが、あえて、はっきりさせないような描き方をしてある。
「ぼくは君たちを憎まないことにした」と同じ人が出ていた。
私は屈しない
内部告発者として権力に立ち向かう女性、モーリーン・カーニーをイザベル・ユペールが熱演。
実話という事に本当に驚かされるが、夫や娘の優しさが彼女にとって大きな支えになったのでしょう。
知的で凛とした美しい所作のイザベル・ユペール 💋 とても69才には見えない。モスグリーンのメガネ、今度試してみようかな。
ーアルバ社
映画館での鑑賞
カタルシスは無くても
ラストシーン、モウリーンが新しい仕事場で「私はモウリーン・カーニー。嘘はつかない。」みたいなスピーチをします。
これで、一度は屈しても、これから貫こうとする新たな決意を体現していますね。
彼女の矜持である「権力と戦う覚悟と不屈の精神」は、こうしてまた甦る。
敵を倒し、正義を勝ち取る話はスカッとしますが、この映画は、事実に忠実にあえてそういう脚色や演出を封印し、主人公の「リヴァイヴ」にフォーカスした点にその良さがあると思いました。
イザベル・ユペールも実年齢を聞くとビックリしますが、それを感じさせない若々しさ、美しさ、カッコ良さでした。
来ている洋服も「こういう着こなしができたら」と思う素敵なものばかりで、凛々しく綺麗に年齢を重ねるお手本のように見えて、映画を見る楽しみも倍増したと思います。
タイトルなし(ネタバレ)
世界屈指の原子力発電会社の労働組合書記長モリーヌ・カルネ(イザベル・ユペール)。
ある日、自宅で何者かに襲われ、監禁され肉体的凌辱を受けた姿を家政婦が発見する。
が、現場には犯人の痕跡が残されていない。
警察はモリーヌの自作自演ではないかと疑いはじめるが、その裏で、原子力発電会社と中国企業との提携、それをとりなす汚名高きブローカーの存在があり、政府閣僚や会社トップも提携話に前のめり、従業員を守ろうとするモリーヌの存在が疎ましかったことが明らかになる・・・
といった実話ベースの物語。
鑑賞してかなり日が経ってからのレビューなので、細部は忘れたが、凡作の『ルーヴルの怪人』『ルパン』を撮った監督にしてはかなりの馬力で、現在と過去を交差させながら、観客をぐいぐい引っ張っていきます。
イザベル・ユペールは年齢不詳の白塗りメイクでモリーヌ・カルネを演じていて、芯の強い女性を現している。
なお、劇中ではモリーヌ・カルネとフランス語発声なので、ここでもそちらにあわせている。
興味深いのは、電力会社の前女性社長との共闘関係で、周囲からはフェミニスト以上、同性愛ではないかとの陰口で叩かれる。
女性に対してジェントルと思われるフランスでも、こういう感じなのね。
映画は、若い女性警官のリークにより、過去にも同様な背景で同じような手口の事件が起きており・・・と展開し、ミステリ要素も濃くなり、面白さは最後まで継続します。
フランス版熊井啓映画というのが適切なところか。
俳優陣ではほかに、女性社長の後を引き継いだ社長役のイヴァン・アタルが意外といい。
以前は線が細いイメージがあったが。
他に、労働組合のナンバーツーやモリーヌの夫の中年男性俳優ふたりもいい味を出していました。
23-130
実話に基づくスケールの大きい話の凄さに驚愕しつつ、彼女のファッションにワクワク。
飽きさせない台本。サスペンス的要素はもちろん、そもそもスケールの大きな原発業界のドロドロ。「ビフォア フクシマ」と「アフター フクシマ」で状況激変したので、劇中「フクシマ」がなんども出てきたのは仕方ないとはいえ、主人公の体当たり作戦(?)のことを「カミカゼ」と表現されていたのは、「え、今もそういうの?」と、もちろん良い気はしなかった。
日本人は兎角、「アメリカでは」「フランスでは」「EUでは」と、諸外国の方が秀れているかのように語る「出羽の守」問答が多いけれど、どこの国もこんななんだ、、、と改めて思い知らされた。
カット毎にイザベル・ユペールがお着替えしてくれて、労働者の味方!という割には女っぽさを絶対捨てない(さすが仏マダム!)スタイル、どれも素敵だった。スカーフのあしらいかた、バッグの持ちかた、ブラウスの胸元の開け方、、、(真似はしたくてもなかなか出来ませんが)。スタイリストさん、楽しませてくれてありがとうございました。
巨大利権に挑むということ
最近良くお目に掛かる”実話を基にした”映画でした。直近だと「福田村事件」や「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」が代表的ですが、本作もそれら同様かなり重たい事件を扱っていました。
ただ前2作と本作が異なるのは、前2作が100年程前のお話だったのに対して、本作は直近10年程度の時代の、しかも先進国であるフランスでの話だけに、余計に怖い作品だったと言えるかと思います。また、舞台となったフランスの原子力総合メーカーであるアレバは、2011年の福島第一原発の事故や、それ以前の投資の失敗などにより経営が悪化していました。まるでウェスティングハウスを買収し、福島第一原発の事故を経て経営が悪化の一途をたどり、会社が切り刻まれた挙句2023年末に上場廃止となる東芝と見事にダブるアレバ。その渦中で起きた事件だったことから、作中「フクシマ」という単語が何度も出て来るので、その点でも非常に身近というか、日本での出来事と地続きの出来事であることに、驚きも感じられました。
フランス語の原題「La Syndicaliste」というのは、邦訳すると「組合活動家」という意味だそうで、これは主人公であるモーリーン・カーニー(イザベル・ユペール)のことを指しています。日本で「組合活動家」と言うと、(かなり偏見あるかもだけど)ヘルメットを被って赤旗を振り、経営陣だけでなく政権批判をする”サヨク活動家”というニュアンスが含まれてしまいますが、モーリーンの場合、というかフランスの場合、労働者代表が経営に参画することが法的に定められており、彼女も労働者代表として取締役会に出席する立場でした。
そしてこの作品で描かれる彼女の姿は、日本で言うところの「御用組合」の首脳ではなく、ちゃんと労働者の側に立った労働者代表であり、正直こうしたフランスの制度だったり、彼女のような人材を輩出するフランスの社会的な風土だったりは、日本も大いに見習うべきところだと感じたところでした。まあ財界をパトロンに持つ政権が続く限りは無理だけど。
で、ようやく本題に入って映画の内容ですが、経営の悪化により中国を含めた企業再編を進める新社長・リュック(イバン・アタル)と真っ向対立したモーリーンが、自宅で暴漢に襲われる事件が発生。ところが指紋やDNAなどの証拠が見つからなかったため、逆に彼女は虚偽の告発をしたということで、被害者どころか被告人の立場に立たされてしまう。そして驚くことに一審では有罪判決を喰らうことに。
これがロシアとか中国の話ならさもありなんという感じですが、フランスで起こった事件だけに、うすら寒いとしか言いようがありません。でも巨大利権に挑むということは、同時に巨大なリスクを伴うということで、それは古今東西不変の真理なんだろうと思わざるを得ないところでした。
そうは言っても余りにも不条理な話であり、このままで終わっていいのかという話ですが、6年の歳月を経て、警察内部の協力者の調査により、モーリーンの事件の前にも、水道事業を手掛けるヴェオリア社に絡む内部告発者の妻が、モーリーンと同様自宅で暴漢に襲われ、証拠がないということで自作自演だと言われたという事件があったことが分かり、また新しい弁護士を付けたことなどで事態は展開していく。最終的にモーリーンは無罪判決を得たものの、実行犯はいまだ捕まっていない。怖っ!
因みにヴェオリアと聞いてピンと来たのは私だけではないでしょう。この会社、日本の水道民営化の流れにも参画しており、日本で初めて公共水道を民営化するという暴挙を行った仙台市の水道事業を請け負った事業体の親玉です。
いずれにしても、日本との意外な関係がいろいろと出て来る映画でした。
最後になりますが、主役のモーリーンを演じたイザベル・ユペール。1953年生まれの御年70歳とのことですが、実在のモーリーン・カーニー氏は1956年生まれなので、ほぼ同年代。暴漢に襲われたのがフクシマの翌年2012年なので、モーリーンが50代後半の頃の話だった訳ですが、見た目もっと若く見え、とても70歳のイザベル・ユペールが演じていたとは思えませんでした。彼女の力強い美しさが、本作を題材だけでなく、映画としても上質な作品にした主因だったように思えました。
そんな訳で、評価は★4とします。
良い被害者
イザベル・ユペール御歳70 凛とした佇まいは相変わらずで、鼻っ柱の強さを演じさせたら誰も敵う者等皆無といった風情である 前作と同様な役回りやストーリーテリングに落とし込まれているが、しかし前半と後半とはハッキリとセパレートされた物語となっている
企業・ビジネスドラマからの女性への性的犯罪ドラマ、そして法廷劇という変遷を辿っていく構成は、確かに観る人をどこに誘われるか緊張感が持続するヒューマンミステリー仕立てである
そして制作側の意図するところは、巨悪に立ち向かう"半沢直樹"的ドラマツルギーではなく、1人の女性としての尊厳の回復を描く後半がキモであろう しかし今作の同時駆動している"意地悪"な裏テーマは、『本当に犯罪は存在したのか?』という、中々の辛辣なシナリオに驚愕するのである
表題にもあるように、特に女性への猥褻事件に於いてはセカンドレイプがセットになって被害者を苦しめるのが定石である 卑劣な行為を世間は憎むと同時にその憐憫を素直に体現した被害者像を欲する 日本でも騒がれた類似ニュース素材であり、国家や人種に関係無くこの問題は根深く影を落とし続ける そもそも憎む対象は同一なのに、何故に人は被害者のパーソナルな部分に興味と幻想を抱くのか?
しかし一筋縄では行かないのが今作の妙で、その疑問点の解明にスポットライトを浴びせることを避け、実話のとおり、犯人が解明しない中での"自作自演"の可能性を、"ガスライティング"の歯牙に戦きながらの反駁する力強く奥深い作劇が繰広げられる しかしあくまでそれも可能性の立証を展開するだけで、類似事件の提出という奇跡的なヘルプが有利に働くのは、果して彼女の運の強さなのか、その辺りの綱渡り的なサスペンスも手伝い、最終的には裁判官による判決に落とし込まれる何とも煮え切らない結末を迎える
しかし、実話ベースであり、実際もこういう落とし処であるのは否定できない その冷酷で温度も感じられない現実を、改めて映画として作劇する事の意義は大きい 全ては闇の中であり、ハッキリとした悪人は巧妙に日常に溶け込むのだ
せめて映画だけでも爽快感を味わいたいエンタメ派の人には真逆の作品だが、人間の裏の部分を絶妙に表現する緻密さも又映画の醍醐味だろう
利権
期待度○鑑賞後の満足度◎ よくある社会悪告発の実話映画だと思っていたら少し違った。映画としては静的な演出とイザベル・ユペールの名演で最後まで飽きさせないが、内容は政治的であり問題意識を啓発させる。
①何の予備知識も無かったので、原発先進国であるフランスの原発企業の裏側を告発した女性の実話の映画化だろうと思っていたら、世界の原発ビジネスとフランス政界・経済界・警察組織の闇の部分も暗喩しているスケールの大きな話だった。
②原発ビジネスは利権が大きく政財界とも大きく関わっているだけに闇の部分も大きいだろうことは想像にかたくない。しかも数年前の話だから、まだブイブイ言って西側社会を呑み込もうとしていた中国やチャイナ・マネー(この頃はまだ欧州も中国に靡いていたし)も絡んでいるのだら、フランス社会の裏側だけでなく国際社会の闇の部分にも抵触していたことだろう。
③世界最大の原発企業の労働組合のトップであるモーリーンは、フランス最大の電力会社と中国とのリスキーな事業提携の情報を掴み、フランスの国益の損害(フランスの原発情報の中国への流出)と原発企業の雇用の危機を阻止すべく告発する。
馬は飼ってないからね
フランスの原子力企業のアレバ社で、5期に渡り組合代表を務めてきた女性が襲撃されて、捜査と裁判に翻弄される話。
極秘に手にした中国との合弁計画を調べる中で襲撃されて巻き起こって行くサスペンスだけれど、ことが起きてからは彼女が襲われたことへの話しばかりで、会社の計画に関する話しはほぼストップ。
これはこれで面白かったけれど、それをも乗り越えてという様な感じかと思っていたから、個人的にはちょっとズレてしまった感覚も。
妨害工作であったのか警察は関与していたのかというところにも疑念を抱かせる作りではあるし、事実そうなのかも知れないけれど、それを決めつけたら一審の際の警察や検察のそれと一緒というジレンマに陥るというね…。
しかしイザベル・ユペール何歳の設定よ?真っ白に飛ばしてメガネで隠してたけれど、目元や手の皺は流石に…。
映画界の至宝イザベル・ユペール主演。上映館が少ない。
社会派サスペンス。人権を軽んじる権力者が、利権を守るために、歯向かう者を脅し、暴力で黙らせようとする。そして事件を調べる検察(?)が、思い込みと先入観から自分が考えたストーリーに沿って被害者モーリーン・カーニーを加害者に仕立ててしまう。圧力をかけられたモーリーン・カーニーは、精神的に追い詰められ、参ってしまい、やってもいない罪を自白して加害者にされてしまう。何てこったい。
l
驚いたことは、これがたった10年前の2012年のフランスの事件だってことだ。50年前のフランスならともかく、10年前のフランスはもっと女性の人権が尊重されてる国だと勝手に想像してた。これじゃあ日本とさして変わらないと思った(もちろん日本よりはましだろうけど)
上映館が余りにも少なすぎる。2023/10/28(土)現在、全国でたったの6館。
東京は吉祥寺で近日中、全国でも順次公開だがヤッパシ少ない。
また同じ事が起きるのかな
本人がどうやって自分の腕を後ろ手に縛り上げたか実証せず自作自演と決め付けるとは…無能すぎ。シーンがなかっただけで実証していたのかと思ってたわ。
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