「闇を照らす 【追記済み11月7日】」月 humさんの映画レビュー(感想・評価)
闇を照らす 【追記済み11月7日】
フィクションとしても耐え難い描写が並ぶ本作は、モチーフになった事件が永遠に忘れ去られることのないように道を探すため、相当の覚悟で照らす〝月〟になったのだろう。
主人公夫妻の物語に絡めてひとの気持ちのちいさな単位が集まり成り立つ社会の闇の部分をはっきりと突きつけられ、立ち止まらずにいられる人がどのくらいいるのだろうか。
【追記】
哀しみの過去、思うように進まない現在を労わりあうように暮らす夫妻にとって、洋子があの対峙で深く自分に向き合ったことがどう作用したか。
事件に沿わせてひとつの夫妻の人生のシーンを描くことの意義は少なからずその流れを感じとるところにあるようにおもうのだ。
もちろん誰もが同じ境遇や状況ではないが、何かをきっかけに自分の心に向き合うことの大切さがニュースを知ったふたりの行動がそれまでと違うところから見えてくる。
そして、答えをみせずに終わるラストは、それに至る誠実な向き合い方に意味があると言っているような気がしてならない。
照らされるべき闇はまだまだ深く無数だ。
社会の1ピースである私たちのこのあとの人生も続く。
並んでいく時間にいる。
何を捉えてどうすごすか。
強く厳しく問う作品だ。
……………
【洋子と昌平】
冒頭から感じる夫妻は、お互いに相手を思い自分の気持ちは奥へやる。
妻・洋子は、あえて光があたりにくい場所に佇むことで過去をそっと包みこんで何かを守っているかにみえた。
夫・昌平には耐え難いだろうと考え、新たな妊娠を告げることを躊躇するのだが、それは彼女が持つトラウマの深さでもあろう。
はじめて介護の仕事につき疲弊をためながらも家計を支え、昌平に夢を叶えさせたいという気持ちと現実的な生活の切実さ。
後半、彼の作品の入賞を知ったときの体の奥から込み上げてくるようなほっとした泣き笑いに、それまでのすべての感情の解放がある。
ひとり呑み込んできたものの深さが堤防を決壊した川の水のごとく頬の皺を越えて流れ落ちる姿を宮沢さんが鳥肌が立つほどの演技でみせる。
一方、昌平がどこか気楽そうにみえるのは、そうみせているからだ。
洋子に深刻さを見せないようにする彼なりの愛情と優しい人柄なのだと思う。
それでなければ、妻が辛い思いを蒸し返さないように捨てられた三輪車の前で必ず覆い立ち隠す姿はない。
妻に小説を書く意思がでてくると察知し環境を整え協力できるのは、状況をきちんと把握しているからだし、
自分一人でいるときにだけ息子の写真を眺めるのも妻に負担をかけずにいたい妻子への気持ち。
嫌味な職場の先輩にいらついても未来を考えぐっと我慢し、妻をおびやかす危険を感じればすぐに自分が盾になって守る。
そして、妻から妊娠を打ち明けられ歓喜する姿や賞を獲り安堵する様子は、封印されてたきっと本来の姿だ。オダギリジョーがもつ抜群に自然体なのびやかさがやさしく穏やかな愛を伝え涙を誘う。
【洋子の同僚、陽子とさとくん】
施設にはじめて来た洋子を明るく出迎えた人懐っこい陽子。
職場を案内しながら、不安気な洋子に笑顔でここは「誰もが平等」だと言った。しかし陽子もあきらめられない夢を胸に職場の裏腹な現実を黙認し、家庭でも同様に父の裏切りにあきれ、爆発寸前な心理状態で酔えば悪態をつく。
日々、自分がつく嘘や理不尽さでストレスにゆがめられていく眉。
酒を飲み干す様子には、コントロールできない状況の苛立ちや嫌悪が隠せない。
洋子の内心を見透かすような顔つきで自分と似ていると言ったのは牽制なのかもしれない。小説家として名を馳せた洋子に対する嫉妬心や対抗心が、うまく行かない自分の焦りを煽り皮肉めいた発言もしてしまう。
世間から閉ざされたような施設から薄暗い帰路を行く陽子の真っ赤な服の後ろ姿は、夢とは遠い現実にいながら意地を保つための武装にもみえた。
誠実で温厚、真面目に働く印象のさとくんが、事件を起こす危うい思考に囚われていく過程に施設の入所者への対応に疑問を持ちながら、洋子のように相手にされなかったことがある。
あがいても変わらない行き詰まりを味わい続けた正義感は方向を間違えて増大していく。
また、彼の挫折を同僚はそのきっかけと呼んでいたがどうか。責任の所在をきめつけて、我が身を振り返らない周りがつくる危うい構造もまる見えだったように思う。
得意な絵を活かして紙芝居をした時に1番好きなシーンだと言いながら、いらないものがザクザクと出てくる絵を彼はやたらと強調した。
さとくんはきっと感じたかったのだとおもう。
そして彼らにも感じて欲しかったのだ。
自分が置かれ、扱われている状況にもっと疑問を、異議を、と。それぞれに心があることをわかっていたからこそだ。
反して、彼の紙芝居をみている人の反応はまばらでうつろにうつった。
その様子は以前であれば介護士の理解の範疇であるはずが、彼はすでに歪んだ壁をよじ登っている異常な事態だった。そのてっぺんの手前で、期待する手応えを感じられなかったあのとき、ある種の〝不憫さ〟と〝やりきれない切なさ〟が決意になってしまった瞬間だったように思うのだ。
命の尊厳などもはや判断できないほどの悲壮感が彼を満たし切った様子が何を展開していくのか…私は自分の血の気がひいていくのがわかった。
そして、聾唖の彼女を障害はあるが心があると言い、話ができない人には心がないと発言したり、洋子の家で人の死について不気味なくらいたのしそうに興奮気味に話す姿は見逃せない悪い兆候だったのだろう。
………
そんなさとくんの異変に洋子が確信を持ち咎めに行く。
迫真の2人の掛け合いでさとくんは洋子のことも責める。
反論する洋子の相手が洋子自身になり、心のなかとの対峙がものすごい圧を帯びて押してくる。
いつしか、洋子を見据える洋子は、まぎれもなく私の心中を正面から覗き込み問い出した。
とめた呼吸の数が逆流するように押し戻され積み上がる。
私の動揺を捉えてなお、この相手は容赦するつもりがないと肌で感じると、
私の本音がポツリポツリと頭に浮きあがってくる。
目を背けたほうが楽なこと…
たしかにある。
うわずみをさらったように通りすぎようとした…
したかもしれない。
葬り去る社会の一部になってないか…
ないと言いきれない。
ならば
改める覚悟を。
さもなけば、同じような悲劇が起きる。
逃げ道なく考えさせるための投げかけの演出はすごい。
そしてなにより洋子を通じて表した宮沢さんが圧巻だ。
それは、まぎれもなく闇を照らす凛とした月のごとく。
………
夫妻が将来の道を決める回転寿司屋。
洋子の背後に映るニュースをみた
昌平は唖然とする。
私は洋子が気がつく前にまたいつものように立ち塞がるのだろうと思った。
しかし、違った。
躊躇いなく洋子は「できることをしに行かなくちゃ」と駆け出す。
そしてすぐに昌平に思いを告げに引き返した。
〝かつてあったことはこれからもあり、かつて起こったことはこれからも起こる。〟
印象的な旧約聖書の言葉を改めて洋子が不安いっぱいに口にした時点では、彼女が自分につけた足枷が見えた気がしていた。
しかし、それまでとは異なる二人がラストにいたのを見届け、公開日から現在。
洋子を縛っていたあの言葉は、さとくんが起こしてしまった事件に生々しくリンクしていること、月の光に照らされたものが胸を締めつけ立ち止まったままだった私。
ようやく今日、片足が一歩出はじめたかんじだ。
修正済み
【追記】に書き表せていなかった部分を追加しました。
ホントに言葉にするのが難しい映画に思いました。映画なので色んなデコレーションはあるにせよ、核になる部分には明確な現実味があり、不用意にレビューしていいものだろうかと、そんな躊躇いも感じました。たかが映画と言う人もいるでしょうが、凄味を感じました。
コメントありがとうございます。私はhumさんをはじめとするレビュアーの方たちのように文章力がないので、いつもない頭を駆使して苦しみながら書いてます(笑)。でもこういう苦しませてくれる作品ほどやはり観てよかったと思えるのです。
特にこの作品は私たちに投げかけてくるものが多すぎて一回観ただけでは消化しきれませんでした。星の数が微妙なのはその私の気持ちの表れであり、作品としての価値はもっと大きいものです。こういう作品がもっと多く作られることを願ってます。
失礼します
共感ポイント&コメントありがとうございます
大変、微に入り細を穿つ貴レビューの秀逸さに、頭の下がる想いです
今作品は考えれば考える程、自身の出した結論の陳腐さを嘆く、トコトン哲学的作品でしたね
真摯な貴殿の文章に、色々と再発見がみえてきました ありがとうございます
失礼しました