「遅過ぎたSSU最高傑作!!」クレイヴン・ザ・ハンター 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
遅過ぎたSSU最高傑作!!
マフィアの首領である高圧的で男性優位的思想を持つ父親に連れられ、アフリカのサバンナで伝説のライオン狩りに付き合わされたセルゲイ(クレイヴン)は、瀕死の重傷を先祖の秘薬を持つ少女カリプソにより救われ、傷口から入ったライオンの血と秘薬が混ざり合い、俊敏で強靭な肉体を持つハンターとして生まれ変わる。やがて家を飛び出し、成長した彼は、その突出した能力で裏社会の人間を始末する都市伝説の怪物“ザ・ハンター”として恐れられていた。
『ヴェノム』『モービウス』らと同じく、『スパイダーマン』シリーズに登場する敵キャラクター(ヴィラン)を扱ったエクステンデッド・ユニバース作品群、通称ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース(SSU)の一作。他の作品群の批評的、興行的な不振、唯一のヒットシリーズであった『ヴェノム』すら回を重ねる毎に興行収入が減少していった事から、公開前にシリーズ全体の打ち切りが決定してしまうという不遇な作品。
しかし、個人的には、主演のアーロン・テイラー=ジョンソンの肉体改造ぶり、常に高い身体能力を発揮して画面を駆け抜けていくクレイヴンのアクションの数々が非常に面白く、「何でこういう硬派で堅実な作品をもっと早くやっておかなかったんだよ!?」と言いたくなるレベルで楽しめた。ハッキリ言って、SSU最高傑作だったと思う。
クレイヴンをはじめ、ヒロインのカリプソらの情報収集力の異常な高さ等の粗は目立つし、先の展開への伏線として散りばめられた様々な伏線が未回収に終わってしまう残念さはある。しかし、それを抜きにしても十分楽しめる、一本のアクション映画としての纏まりのある作品であったと思う。
冒頭から展開されるロシアンマフィアの首領を狩る為に、別の囚人を殺してソイツに化けて刑務所に潜入するクレイヴンのアクションが、掴みとして素晴らしい。虎の剥製の牙一本で大の男3人を難なく殺害し、壁や塀を軽々と超えていく抜群の身体能力の高さが窺える。
毎度航空機で輸送してくれる謎の運び屋との関係性等は粗さが目立つが、冒頭の盛り上がりそのままにテンポ良く彼の過去回想に移行する様が良い。
獣の力を手に入れ、普通の人間では到底敵わない存在となったクレイヴンの新たなターゲットとなるのが、謎の医者による改造手術によってサイのような強靭な皮膚を手に入れ、裏社会でのし上がっていった“ライノ”というのも魅力的。『アメイジング・スパイダーマン』では予告編で煽られた期待とは裏腹に、物語のクライマックスでチョイ役として処理されていたものとは違い、本作ではアレッサンドロ・二ヴォラの快演も相まって抜群の存在感を放っていた。
正妻ではなく愛人との間の子という弟のディミトリの辿る結末は、ベタながら共感出来る。父ニコライが期待しているのは、兄のセルゲイであり、自分は決してNo.1には立てない。兄が家を飛び出した事で、自分に期待が掛かるが、生来粗暴な性格ではない彼には向いていない。しかし、ライノとの関わりがキッカケとなって、自らの内面に変化が生じていく。だからこそ、クレイヴンが父を始末した事で、自分に順番が回って来たと言わんばかりに、トップを失ったクラヴィノフ家を継ぐ。更には、自らも改造手術を受けて“カメレオン”となってしまう。
クラヴィノフ家の兄弟は、所謂毒親、親ガチャにハズレたが故に、過酷な運命に翻弄されていく事になってしまうのだ。
そんな毒親ニコライを演じたラッセル・クロウの演技力、恰幅の良さから来る威圧感と説得力は、流石名優と言ったところ。
自らの威圧的、男性優位思想からくる支配的な性格が災いして精神を病んだ妻に対してでさえも、「弱いから」と切り捨ててしまう。更には、自殺した際の葬儀さえ「自死した者に葬儀は出さない」と言う冷酷さ。
しかしながら、獣の力を手に入れたクレイヴンを再びファミリーに迎え入れ、厄介な商売敵であるライノを始末しようと、ライノにクレイヴンの正体を送り付け、潰し合わせるという狡猾さも持ち合わせている。スーパーパワーを有してはいないが、近年のマーベル作品内に於いてはかなりのヴィランっぷり。
だからこそ、狩猟のキャンプ地で熊に襲われて命を落とすラストはカタルシスに満ちている。
それでも、遺言とクレイヴンへの毛皮のコートをプレゼントとして遺すという、死して尚自らの意志を継ぐ者へと向けた抜かりのなさが強烈。
ニコライの遺したコートを羽織り、ポスタービジュアルにも採用されている姿へと変貌した彼が、父と同じ獣(ケダモノ)としての道を進んでしまうのか。権力とパワーを手に、かつての心優しかった若者から、マフィアの首領として覚醒してしまった弟とどういった結末を迎えるのか。そう言った様々な今後の盛り上がりが絶たれてしまったのは、非常に残念でならない。