「役者が生き生きとしている。記憶は再生されないが海は光輝く。」さよなら ほやマン Hidehisaさんの映画レビュー(感想・評価)
役者が生き生きとしている。記憶は再生されないが海は光輝く。
完成披露試写会にて鑑賞。
色鮮やかな映像と心躍る音楽に彩られて、海に囲まれた東北の島に登場人物が躍動している。震災と過去の様々な記憶の断片が乱反射して、それが人間の心に及ぼす影を描く。冒頭のムービーに登場するほやマンが誰であるのか。映画はその答えを徐々に解き明かしていく。
カップラーメンを食べながらマンガを読みふけるシゲルのぼさぼさの髪に、アキラが庭でバリカンを入れている時、荷物を引き摺り携帯を持った美晴が二人に声を掛ける。「ねえ、その家私に売ってくんない」都会から来た得体の知れない美晴が、兄弟のさえない日常に、何の脈略も無く侵入してくることで物語が始まる。
アキラは海に潜っても、もうかつてのようにほやを獲ることができない。気を失ったアキラの心は暗い海の底に沈み込んでいく。海に閉ざされた島に暮らすアキラの心もまた海に閉ざされている。
暴力事件を起こして都会から逃げて来たマンガ家の美晴。美晴は金があり自由気まま、携帯で都会とかろうじて繋がっているがその存在は危うい。兄を慕うシゲルは知的障害があり無垢な存在だ。シゲルはいつの間にか美晴のアシスタントになっている。二人が心をかよわせていく様子が丁寧に映し出される。
アキラとシゲルは海岸で、ほやマンのムービーの撮影に熱中する。それは震災で失われた記憶を再生する試みである。しかしそのユーチューブの再生回数は、美晴のネットのコメントがもたらした偽りに過ぎない。過去が再生されることなど決してない。藍色の空の下に父と母を乗せた船は、漆黒の海に飲み込まれてしまったのだから。
兄弟を乗せた船は、美晴丸の旗をなびかせて光輝く海原を進んで行く。美晴は島を離れて、おそらくまた都会へと去って行った。アキラとシゲルの住む島を取り囲む海は、遠くどこまでも開かれている。