「中東のパワーバランスを知っていないと本当には楽しめない」カンダハル 突破せよ mamemameさんの映画レビュー(感想・評価)
中東のパワーバランスを知っていないと本当には楽しめない
中東(イラン、パキスタン、アフガニスタン、UAE)のスタンスがわかっていないとどうしてこんなに入り乱れるのかわからない映画。それはさておいてアクションだけでも十分面白い。が、背景まで知っているともっと面白くなる。
アメリカ(CIA)+イギリス(MI6)の工作員がイランからアフガニスタンのカンダハルまで逃げるという話なのだが、敵が沢山出て来て知識の下地が無いと理解できないと思う。
追手はイランとパキスタン、味方はアメリカとイギリスとUAE=ドバイ(とはいってもエージェントが根城にしているだけ)。
なんでパキスタンが動くのか、が映画を見るだけではわかりにくい。
まず、アフガニスタンはしばらくアメリカの庇護のもと北部同盟が政権を担っていたが、アメリカ撤退によって最終的にタリバン支配に変わった。
タリバンは以前からパキスタンの支援を受けて来た背景がある。タリバンはいわゆるイスラム原理主義だが、それをパキスタンが支援するのは宗教的背景ではなく利権。
そもそもはアメリカ~パキスタンラインでソ連のアフガニスタン侵攻に対して北部同盟を支援していた経緯がある。
ソ連撤退の後のアフガニスタンの実権をアメリカ+北部同盟とパキスタン+タリバンで取り合ったが、その時はアメリカ側に旗が上がった。
そこから反発してオサマ・ビン・ラディンはアル=カイダを結成、タリバンと結託してアメリカでの同時多発テロを起こす。それには北部同盟の弱体化とタリバンの台頭が必要なので、北部同盟の要のマスードを暗殺した。
その後アメリカは中東の制圧に本腰を入れて、イラクとアフガニスタンを攻め落とす。
ただその後のアメリカのアフガニスタン統治支援は金食い虫で、共和党政権時の方針だったこともあり民主党政権では撤退に傾く。で、バイデン大統領の時に完全に撤退する。
途中、タジク人軍閥のリーダーのイスマイルがオサマ・ビン・ラディンをCIAと一緒に追ったという話が出てきたが、アメリカは北部同盟(タジク人軍閥も含まれる)と協力してアル=カイダを追い詰めた経緯がある。
その結末は映画「ゼロ・ダーク・サーティ」で描かれている。
その状況と並行して、イランの核開発をいかにアメリカが抑えるかという核パワーバランスの凌ぎあいが進んでいる。
核兵器の原料を作る高速増殖炉へのサボタージュ(破壊工作)の犯人としてイラン側はアメリカかイスラエルを疑うが、ここでイスラエル(モサド)が出て来るのは、イスラエルは核爆弾で国ごと無くなる心配が常にあるので周辺国の核開発に非常に敏感だという下地がある。稼働前のイラクの原子力発電所をイスラエルが越境爆撃した事件もあった。
イランは紅海近辺に注意を集中しているので、親アメリカでもアフガニスタンの情勢には敢えてタッチしてこなかった。しかし陸続きなので今回のようなトラブルの場合はどうしてもアフガニスタンに進出せざるを得ない状況になる。
この映画では結局追い切れずに撤退することになるが。
パキスタンはジェラルド・バトラーを消したいのではなくて、生け捕りにして今後のアメリカやイギリス(あるいはイラン)との交渉に使いたかったはず。メンツを潰されたイランとは別の理由でいわば「漁夫の利」を得るために追っていた。アフガニスタンでの地の利はイランよりもパキスタン=タリバンにあるから、あそこまで追い詰められた。
最後のミサイルは監視用ドローン(ドローンと言ってもプロペラタイプのじゃなくて、軍用の無人攻撃機)の武装で、市街戦では使えないが暗殺や拠点防御用には効果を発揮する。
空軍が出るような本格的な紛争では使えないが、制空権がぐちゃぐちゃなこの地方ではまだ有効。
CIAの担当者が「首をかけて自分の権限で攻撃する」と言っていたが、エージェントを救うだけでなく別ミッションのSAS(イギリスの特殊部隊)脱出組をサポートするという大義名分もあるから、それも計算済みだと思う。
タリバンが本腰を入れてきてもおそらくは撃退できるだろうけど、基地防衛と都市制圧は必要コストが段違い。それはスターリングラードの頃から周知の事実で、その実情は「ハート・ロッカー」でも描かれている(あれはイラクだけど)。
だからアメリカは撤退した。
ところで、トム(ジェラルド・バトラー)はドバイでエージェントのローマンから次のミッションを与えられるが、そのあとローマンは現地入りしてISISと合流する。
UAEやアメリカとISISは特に関係はなかった(というかISISは敵視している)はずだが、ローマンと結託していたので「はて?」と思ったら、やっぱりISISではなくてアフガニスタン側の協力だった。ここも、中東の実情を知らないとわからないシーン。
また、ISI(ISISじゃなくてパキスタンの軍統合情報局)のお偉いさんが「インドと手を組んでなければ別に良い」みたいな話をしていたけど、これはインドとパキスタンの間の歴史的な衝突を知らないと理解できない。
また、パキスタンのエージェントがロンドンとかヨーロッパに行きたいなんて話をしていた。イギリス統治下のインドにはパキスタンが含まれていたが、ムスリムの国としてパキスタンが独立してからはイギリスとパキスタンのつながりは弱い。ヨーロッパでの活動にパキスタンとして憧れがあってもおかしくないなと思ってしまうが、これは過去のアメリカとの共同戦線(対ソ連)の名残かもしれない。
これが単なる中東でのドンパチ映画なら、ジェラルド・バトラー対イランの追手というシンプルな図式になったはず。
それを捨ててこんなにわかりにくい図式になったのは、これが実際にあった出来事をベースにしているから。
ミリタリーアクション映画でここまで予備知識が必要なものはあまりない。そういう意味で非常に面白かった。