劇場公開日 2023年10月20日

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「 スターのオーラを感じさせないディカプリオの迫真の演技が、矛盾そのもののような男の存在を納得させてしまうのです。 それを極めた怪演は見事です。」キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 スターのオーラを感じさせないディカプリオの迫真の演技が、矛盾そのもののような男の存在を納得させてしまうのです。 それを極めた怪演は見事です。

2023年11月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 米国の負の歴史に光を当てて世に問い、かつ人間ドラマとしてもめっぽう面白かったです。監督マーティン・スコセッシ、主演レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ。ハリウッドの重鎮、大御所が顔をそろえ、米国映画の良心と底力を感じさせる大作です。
 極めつけは、愛することと、だまして殺そうとすること。同じ相手に対する正反対の行為に、ほとんど矛盾を感じさせない見事な演出と演技にあります。それが存在することを恐るべき説得力で演じきったレオナルド・ディカプリオの圧倒的な演技の力に、惚れ惚れしました。

●ストーリー
 1920年代の事実に基づく物語です。
 1894年にオクラホマ州にあったオセージ族所有地で石油が発見され、彼等に莫大な富が流入、強欲な白人たちがそれに群がっていました。優雅な物腰のオセージ族に白人がかしずき、顔色を窺っていたのです。親族に相続されるこの富を、白人支配者たちはあくどく搾取し、多くのオセージの人々が虐殺されました。本作は、そうした中で起きた大量殺人事件の一つを描きます。

 第一次世界大戦後の帰還兵となったアーネスト・パークハート(レオナルド・ディカプリオ)は、叔父のキングとよばれるウィリアム(ロバート・デ・ニーロ)を頼って、オクラホマ州オセージの駅に降りたちます。
 キングは地域の顔役として先住民のオセージ族と良好な関係を築いていました。しかし、その裏でオイルマネーを横取りする策略を巡らせていたのです。
 地元では先住民たちが次々と怪死する事件が続いていました。キングは、アーネストに先住民の女性と結婚して石油の利権を奪うよう命じるのです。
 その命に応じるかのように、アーネストは、先住民の女性モリー(リリー・グラッドストーン)と恋に落ちて結婚します。叔父の言葉がきっかけでも愛は本物でした。そこから彼は、モリーの一族の資産を横取りするため、キングの命じるままモリーの親族殺害に加担するのです。自ら手を下さずとも殺し屋たちに依頼して。そしてついに、愛するモリーの命までも狙うことになります。
 町が混乱と暴力に包まれる中、ワシントンD.C.から派遣された元テキサス・レンジャーの特別捜査官トム・ホワイト(ジェシー・プレモンス)が調査に乗り出します。果たしてトムはどこまでキングの狡猾な陰謀に辿りつくことができたのでしょうか。

●解説
 スコセッシ監督は、白人による先住民差別と搾取、非道な 犯罪を許しがたい歴史の汚点としながらも、単純な善悪対比の構図に押し込めません。
 この手の実録犯罪ものは、序盤のうちに事件が発生し、中盤の入り口あたりでFBIの捜査が始まるのが常。ところが本作はそうしたパターンを壊し、殺人シーンや捜査官登場のタイミングを大幅に後ろへ引き延ばした。そのためテンポは緩く、似たような場面の反復も見られ、鑑賞中に何度かじれったさを覚えることでしょう。その半面、白人による搾取の卑劣さや執拗さ、先住民の悲劇性が強調され、これはこれですさまじいのです。
 アーネストは仲間たちと犯罪をためらわず繰り返す一方で、モリーには愛情深く接します。残忍なキングはオセージを「最も美しい人々」とたたえ、部族会議にも出席して犯人発見に協力を約束するという二面性を発揮するのです。
 3時間26分と長尺の映画で、画面からの圧がすさまじいのです。スコセッシ監督の語り□も映像も 重厚濃密、そして俳優陣が圧巻です。愛情と物欲のはざまで右往左往するアーネストを演じたディカプリオ、二面性を持つキングをサイコパスではなく造形したデ・ニーロ。2人の間で可哀そうな被害者にとどまらず、歴史の闇を体現したグラッドストーン。賞レースもにぎわせそうです。

●作品の背景に浮かび上がること
 ネーティブアメリカンには強制移住、居留地の歴史がつきまといます。オセージ族もしかり。そこに、アメリカ社会に根付く「富を生むルール」の蛮行を交錯させ、マイノリティーの財産を搾取する支配の構図を浮かび上がらせました。白人によるこうした事例は多々ありますが、西部劇を除けば映画として世に問われる作品は少ないのです。その意味でも称賛されるべきです。とりわけ、モリーの沈黙は圧巻。□に出さずとも言葉にした以上に心意を語り、オセージ族としての衿持と家族への思い、アーネストヘの愛と幸福への意志が視線とその強さに宿っていました。

●感想
 先住民と結婚した白人の夫の仕業と思われる殺人が頻発する連続殺人が主題のサスペンスですが、殺人場面そのものはほとんど描かれません。むしろドラマチックになりすぎないよう、先住民と白人たちが共に暮らす日常の描写が積み重ねられます。大量殺人があまりに淡々と描かれるのであぜんとしてしまいました。コメディーのように思えるほどです。
 カメラはアーネストの表情をじっくりと捉えます。恋人モリーを見つめる愛情のこもった顔。妻となった彼女と過ごす家庭での安らいだ顔。妻の家族の殺人を依頼しに行く冷酷な顔。叔父の前での弱々しい顔。アーネストの行動は行き当たりばったりで何を考えているのかよく分かりません。
 一方、表情を動かさないモリーは陰謀を知ってか知らでか、アーネストヘの信頼を寄せ続けます。アーネストとモリーのサスペンスフルな結婚生活を描く映画でもあります。夫は妻を愛しているのか、資産目当てにすぎないのか。彼らの仲を決定づける場面が美しいと思えました。
 スターのオーラを感じさせないディカプリオの迫真の演技が、異様な世界に観客をぐいぐいと引き込こんでいき、矛盾そのもののような男の存在を納得させてしまうのです。
 ディカプリオの役どころはおそらく彼のキャリアで最も愚かで浅はかなキャラクターですが、それを極めた怪演は見事です。

●最後の音だけの嵐のシーンについて
 屋敷でぎこちなく時をすごす2人の背景で謎めいた音が響き、続く屋外のショットでその音源が嵐であると判明します。横に並んで座る2人。何か話そうとする男を制し、嵐は力であり、それを静かに受け止めるべきだと女は沈黙を強いるのです。2人の結婚は、まさに嵐に飛び込む行為だったのです。
 先住民の血も引くロビー・ロバートソンが音楽を担当。今年亡くなったばかりの彼に捧げられる本編の終了後もしばらく暗闇に留まりましょう。前述した嵐の回帰でしょうか。雷鳴がとどろき、鳥やコヨーテの鳴き声が耳に届きます。無数の死者への哀悼の念が胸に去来することでしょう。

●最後にひと言
 主人公たちの心を支配するのは、欲望の果てしなき肯定です。スコセッシが過去作で描いてきたテーマは、ここでも通底しています。後半はFBIの捜査官が事件を追い、西部劇、さらには法廷劇のような展開となります。T
 その法廷でアーネストが証言する場面が圧巻です。様々な感情が一気にあふれ出したような顔のアップ。3時間26分の長い上映時間はこのためにあったのだと思わせるほど、見事でした。

流山の小地蔵