劇場公開日 2023年8月19日

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「終始不気味ながらクセになる世界感」オオカミの家 赤足さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 終始不気味ながらクセになる世界感

2025年9月15日
iPhoneアプリから投稿

チリ発のストップモーション・アニメーション『オオカミの家』は、寓話的なホラーと社会的メッセージが交錯する異色作だ。少女マリアがコロニーを逃げ出し、森の奥の家に辿り着くところから物語は始まる。やがて家は彼女の心を映すかのように変容し、観る者は現実と幻想の境界を見失っていく。

この作品の真骨頂は、圧倒的な映像表現だ。壁や家具が溶け出し、キャラクターが歪み、再生と破壊を繰り返す空間。色彩が幾重にも重ね塗られていく様は、まるで悪夢と幻想の狭間を覗き込むかのようで、中毒性すら感じさせる。その異様なアニメーションは、洗脳や虐待から生まれる心の揺らぎを可視化しているように思える。

背景には、実在したカルト集団「コロニア・ディグニダ」がある。権力と支配、逃れられない恐怖、そして「家」に象徴される安心と監視の二面性。単なるホラーではなく、現実の闇を寓話的に描き出す鋭い批評性が本作を唯一無二の存在にしている。

もっとも、誰にでも薦められる作品ではない。寓意に満ちた物語は説明的ではなく、予備知識がなければ理解しづらい。映像の不気味さも強烈で、人によっては「気持ち悪さ」が勝ってしまうだろう。それでも、体験した者の心に何を遺すのか…その答えは観た人次第である。

総じて、『オオカミの家』は「怖い」というより「圧倒される」映画である。独特すぎる表現と世界観に身を委ねたとき、そこに浮かび上がるものは悪夢か幻想か、それとも私たち自身の影なのかもしれない。

赤足