劇場公開日 2023年8月25日

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「象徴を支える最大要素が美であり、それを維持する苦痛を描く」エリザベート 1878 クニオさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0象徴を支える最大要素が美であり、それを維持する苦痛を描く

2023年8月27日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

 ダイアナ妃の憂鬱を19世紀のオーストリアに実在したエリザベート皇后に託したと言っても、あながち的外れでもないような。不満の方向性に無論差異はありますが、然るべき地位の女性の外部からは伺い知れぬストレスを描きます。なにしろ日中からして曇天覆い、とにかく暗い画面、夜はもちろん日中の屋外とてエリザベートの胸中とリンクしてどんより灰色が占める。ラストシーンのイタリア旅行での陽光輝く画面がほんと唯一の救い。

 ヨーロッパ宮廷一と言われた美貌が総ての不幸の始まりか? 象徴と言う名の公務に美貌程有力な武器はないでしょう。それを維持する象徴としてのコルセットが頻繁にアップで登場する。身長172cm、ウエスト51cm、体重は43kgへの執念を要求されるシチュエーションが本作のベースとなってます。そして周囲からの厳格に反発する自由・進歩的な振る舞いが本作の要となりましょう。

 当然に政治的関心も高く、夫であるヨーゼフ1世と長いダイニングテーブルの両端に座り、テーブルをバンと叩く怒りの応酬は本作のハイライト・シーンでしょう。殆ど四面楚歌の中孤軍奮闘のアンチ行動は、表面的には我儘にしかみえない。が、その根底に本作の作者はプリンセス・オブ・ウェールズの我儘の必然に重ね合わせている。ダイアナ再現に中指立ては難しいでしょうが、エリザベートならば可能と踏んだのでしょう。だからポスターも強烈な中指立てが最も本作を一言で表現できるわけです。

 それにしても豪華絢爛の宮中の日常に目も眩む、ドアを開け門番よろしく立ち続ける従者、豪勢に会食時の多数の給仕の働き、皇后お付き女官達のそれぞれの役割などなど、リアルに再現し教科書のようで興味深い。バスタブひとつとっても随分と違いがあるのね。贅沢三昧の一方で、貧しい民衆や病人たちへのシンパシーもしっかり描かれます。

 しかしそれにしても「ファントム・スレッド」で出世したビッキー・クリープスが美貌か否かが悩ましく、メイクも全然薄く、40歳の設定としても説得力が薄いのが個人的には惜しい。チェーンスモーカーも史実なのでしょうが、アンチを強調するにしても、食事の場でも喫煙をわざわざ再現ってのは違和感しかない。ベッドで戯れあってた従弟に「従者の男との仲はホントだったのね・・」と言い放ち行為を中断されるのが、あのバイエルン王ルートヴィヒ2世とは、合点がいきますね。きっと性格的には相性がよかったでしょうね。

 とは言え、こんなエリザベートの日常を点描してゆくのみで、まるで事件も騒動も描かれず、ことにも前半は退屈地獄でもあります。折角の豪華爛熟を宮廷絵画のように極色彩で描けば、映画的にメリハリついたでしょうに、そうしなかったのは、ひとえにエリザベートを悲劇のヒロインに、単純に収斂させたくなかった意図がまた、ダイアナの背景であるイギリス王室への忖度かもしれませんね。

クニオ