「期待度○鑑賞後の満足度◎ 80年の時を超えて満州と琵琶湖を結ぶインモラルな物語は731部隊の闇を孕んで人間の、否、日本人の原罪を問う。見事な映画化。吉田修一作品の映像化は大森立嗣監督に限るな。」湖の女たち もーさんさんの映画レビュー(感想・評価)
期待度○鑑賞後の満足度◎ 80年の時を超えて満州と琵琶湖を結ぶインモラルな物語は731部隊の闇を孕んで人間の、否、日本人の原罪を問う。見事な映画化。吉田修一作品の映像化は大森立嗣監督に限るな。
《原作既読》
①吉田修一は好きな作家で、何作か読んでいるけれども、『湖の女たち』は盛り込んだ複数のテーマが上手く有機的に絡まっておらず(ケミストリーを形成していなくて)他の作品に比べ散漫な印象でやや残念な出来だというのか私の感想。
それが、映画にしたら逆に物語の輪郭がくっきりしたという不思議さ。文章で表現しきれなかったものが映像では表現出来たという面白さである。
原作の出来から余り期待していなかったが、映画が進むにつれ観入ってしまった。
②これまで観た吉田修一作品の映画化では、大森立嗣監督の『さよなら渓谷』が唯一感心できる出来で(次点は『横道世之介』かな)、後は余り感心したものがない(勿論、映画としてはどれも良くできているのだけれど)。
『悪人』は女優陣の演技は良かった(特に深津絵里の演技は素晴らしかった)けれども、妻夫木聡は熱演ではあったけれどミスキャスト。
『怒り』も、豪華なキャストが逆に作品の焦点を簿かしてしまったように思う。妻夫木聡がゲイに扮したパートだけが印象に残ったし、私が吉田修一作品の中で今までで一番好きなキャラクターである「愛子」も、宮崎あおいは好演ではあったけれど、「愛子」像を上手く血肉化出来ていたとは言えない。
③それに比べると、『さよなら渓谷』のヒロインは実写にすると説得力を持って具象化するのはかなり難しい女性である。
それをやり遂げた真木よう子はやはり凄い女優だと思う。
そして、本作の豊田佳代もそれに負けないほど説得力を持って血肉化する難しい役である。
それを松本まりかはよく演じていたと思う。
また、湖に飛び込む直前の松本まりかは大変に美しい。もともと美しいということではなく、映画の中のある一瞬映像の中でとてつもなく美しくなるのだ。(こういう瞬間に女優は女神になる。)
④731部隊が行ったことはナチスも行ったし、戦争の時はどの国も行うことかもしれない。
しかし、日本人も過去にこのような酷い行いをしたということは、日本人として忘れてはならない、と思う。
また、実験という名目の下で他人の命を弄ぶ神経(人間ではなく実験材料と思って自分の中の倫理観に蓋をするインモラルさ)、大人のやっていることは自分達もやっていいと思う子供のある種のずる賢さ、自分の所属する社会で不要だと思えば(敵もそうだし、生産性がないと見なす人間もそう)平気で排除・除外する人間のもつ原罪。
そういうものが、支配し支配されることでしか生を感じることが出来ない一組の男女を巡って万華鏡のように展開する。
⑤人間の醜さを見てしまった人間(自分の中の醜さも含め)は、もはや世界を美しいものとは思えなく又見えなくなってしまうのだろうか。
⑥若手に混じってのベテラン陣の好演も特筆すべきものがある。
浅野忠信は原作のイメージからするとミスキャストかと思ったし、関西弁はやや微妙だが、演技の迫力・腹芸がそれを忘れさせた。
大変屈折した役に説得力を与えている。
すっかりオバサンになった財前直見も大好演。
⑦三田佳子は、実年齢より老け役のせいもあるだろうが、すっかりお婆さんになって感慨無量。
だが、罪の意識を背負って70年間生きてきた老婆の年輪を感じさせる存在感で物語を締めている。
眠るように凍死している日本人少年とロシア人少女の絵は、自分の罪を忘れないために持ち続けていたのだろう。ささやかな贖罪として。
⑧大人の真似をして実験と称して自分と年嵩の変わらない少年少女を凍死させた(殺した)かっての少年は、数十年後日本医薬界の重鎮として君臨し自分に及ぶスキャンダルを圧力を掛けて闇に葬る程の悪であり続ける不条理さ。
731部隊に関係し、恐らく満州での凍死事件をうやむやにした軍人は数十年後に要介護老人として入所していた介護施設にて、数十年前に満州で行われた殺人と同じようにこの初会に不必要だと思い込む少年少女によってこの世から旅立たされる皮肉。
こういう形でしか罪が裁かれることが出来ないこの世の闇を吉田修一は描きたかったのだろうか。
それを湖面のような静けさでより分かりやすい形で告発したのが、この映画の存在価値かと思う。