「三原光尋監督は「オレンジ・ランプ」に続き、手だれの演出力を発揮。その人間賛歌にはいつも感動させられます。」高野豆腐店の春 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
三原光尋監督は「オレンジ・ランプ」に続き、手だれの演出力を発揮。その人間賛歌にはいつも感動させられます。
“大豆”と“水”と“にがり”だけでコツコツ作られる豆腐のように、淡々とした日々の生活にこそ人々のしあわせがあります。この映画は、尾道を舞台に、愚直で職人気質の父と、明るく気立てのいい娘の人生を描いた、父と娘の物語です。娘の再婚話に父のささやかな恋をからませています。監督・脚本は「オレンジ・ランプ」の三原光尋。
■ストーリー
尾道の風情ある下町。その一角に店を構える昔ながらの高野豆腐店。職人気質の父の辰雄(藤竜也)と娘の春(麻生久美子)は、毎日、陽が昇る前に工場に入り、こだわりの大豆からおいしい豆腐を二人三脚で作っています。
ある日、もともと患っている心臓の具合が良くないことを医師に告げられた辰雄は、自分にもしものことがあれば、離婚して家に戻ってきている春がひとりになってしまうと案じて、昔ながらの仲間たちである理髪店の繁(徳井優)、定食屋の一歩(菅原大吉)、タクシー運転手の健介(山田雅人)、英語講師の寛太(日向丈)に協力してもらい、春の再婚相手を探すため、本人には内緒でお見合い作戦を企てるのです。辰雄たちが選んだイタリアンシェフ(小林且弥)と食事をすることになり、作戦は成功したようにみえましたが、実は、春には交際している人がすでにいたのです。相手は、高野豆腐店の納品先、駅ナカのスーパーで働く西田道夫(桂やまと)でした。納得のいかない辰雄は春と口論になり、春は家を出ていってしまいます。
そんななか、病院で知り合った同年代の中野ふみえ(中村久美)に、にこやかにたしなめられるのです。実はふみえは、納品先のスーパーの清掃員として働いていたのです。ふたりは急速に仲良くなっていくのでした。
ある日ふみえが、高野豆腐店を訪ねてきて、辰雄に春との和解を真剣に説得します、その後のとある偶然が重なり、やっと父娘は言葉をかわすようになります。
けれども心臓の発作が辰雄に襲いかかり、辰雄は豆腐店をたたむと言いはじめます。続けたい願う春を、おまえには無理だとむ一喝します。辰雄はにがりを入れる最も重要な工程を娘にも任せないで、作り続けてきたのです。
豆腐を作る日々のなか訪れた、父と娘それぞれにとっての新しい出会いの先にあるものは…。
■映画情緒に包まれた尾道の街並み
往年の大林監督作品のファンだったら、本作で尾道の風景から始まるオープニングに思わず心が締め付けられるような郷愁を感じることでしょう。尾道って町は、そこで生きてきた人の笑い声も嗚咽も全部塗り込まれていて、歩いていると聞こえてくる気がします。不思議な感じです。きっとこれまで作られてきた作品の数々が、街に溶け込んでいるのでしょう。
主人公・高野辰雄を演じた藤竜也も、そのにおい、そのたたずまいを体に染み込ませるためロケハンに同行し、脚本・監督の三原光尋らと町を歩いて回ったそうです。
「辰雄は超然とした男じゃない。商店街の仲間とたわいないおしゃべりをしふざけて怒って泣く市井の人なんだ、と三原さんに言われた」と藤竜也はいいます。
そんな尾道の情緒を本作もたっぷり取り込んでいました。
■感想
父娘の過去、ふみえの抱える病、辰雄の慕情。下町人情喜劇の趣で軽やかに始まった物語は後半、重心が下がり、戦争の傷があらわになります。しかし死んだ人の分まで楽しく生きなきや、と前向きになる人た登場人物の描き方がよくて、戦争映画みたいに重くなりません。
娘役の麻生久美子の温かみのある演技もいいですが、なんといっても父役の藤竜也。娘の交際相手に対する頑固一徹ぶりと、自身の恋の相手に向ける優しさを絶妙に演じ分けています。
三原光尋監督は「オレンジ・ランプ」に続き、手だれの演出力を発揮。その人間賛歌にはいつも感動させられます。
こういういぶし銀のような良作を埋没させてはいけないと思います。ネット配信やDVDレンタルが始まったらぜひご覧になってください。
■最後に~本物の豆腐が無償に食べたくなります。
劇中のセリフにも出てきますが、お父ちゃんの作る豆腐はふわっと柔らかくて、甘くて、豆本来の苦みを残していて、まるでお父ちゃんの人生そのものだと春はいうのです。
そして辰雄も、最近のにがりを使わず凝固剤で固める大量生産の豆腐には、豆腐の味も香りもしないと憤ります。
高野豆腐店の丁寧な手作りの豆腐を作るシーンを見ていたら、にがりで固めた本物の豆腐を無償に食べたくなりました。