「余分な仕掛けが足引っ張ってます、惜しい」高野豆腐店の春 クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
余分な仕掛けが足引っ張ってます、惜しい
これは驚きの上出来佳作で得した気分。典型的なベタなお話ですが、監督・三原光尋のドツボを敢えてサラリと描くスタンスで、嫌味なく人情小話が活きてくる。もちろん、ウザ過ぎる商店街応援団4人組の鬱陶しさや、段取りの予行演習なんて完全に吉本新喜劇のしかも劣化版、さらに病院のレストスペースでの騒動の安っぽさ、女子高生の監督設定なんてマジ不要ですね。これらの大失敗エピソードを補っても余りある節度の勝利でしょう。
監督自らのオリジナル脚本のようで、数多の映画監督に愛される尾道を舞台に老いた父と出戻り娘の有り様を描く。「こうや豆腐」と「春」と二つも引掛けを含んだタイトル、その手書きクレジット文字の優しさがそのまま全編を支配する。自らの病状を知り、このまま娘を閉じ込めたらいけない、の優しさが発端。並行して自らの予期せぬ「春」も描かれる。
老いて盛んな藤竜也の佇まいのカッコイイこと、これで81歳ですか? 確かに老いはやむを得ないが、走る・倒れるなどの所作の美しいこと。そもそも80超えて主演とは素晴らしいですよ。実際問題では娘との年齢バランスからも小林薫あたりのキャスティングがベストでしょうけれど、どうやら監督とのこれまでのお付き合いがベースとなっているようで。しかもラスト近くになって明かされる過去からも歳の差やむなしと説得されます。対する娘役の麻生久美子は出しゃばらず控えめを貫き、節度ある美しさも漂わせ適役です。独特の鼻から抜けるアルト声が都会的で、過去は一切描かれないですが、それらを断ち切っての父への尊厳が極めて「男前」なのがいい。
大筋は松竹・大船調の、山田洋次が監督しても全然違和感ないトーン。適度な笑いを散りばめ、琴線に触れるシーンも案外サラリと描く感性が実に好ましい。随所に挿入される尾道の情景は当然に美しく、生活のリズム感の熟成に繋がる。この手の作品にお約束のように挿入される長老者の逝去まで、敢然と繋げなかった作劇によって、凡作から脱皮できたのは確かでしょう。
春の恋人役の「ちんちくりん」こと桂やまとさんは落語家だそうで、それでいて映画初とは見えない誠実さを際立たせています。しかし、でも、もうちょっと麻生久美子とバランスのあう役者ではダメなの? 今ドラマの「VIVANT」でご活躍の迫田孝也 なんてぴったしと思うのですがね。父親の病院仲間となる中村久美の自然な品格が、安っぽさに陥りやすい設定を高いレベルで保っている。
エピソードの構築のあちこちに不備といいましょうか、熟成不足のシナリオをもっと洗練させれば第一級の作品となったでしょう。