「高野豆腐店は混ぜ物なしの本来の豆腐を作り続けている豆腐屋さん。本物の豆腐を作り続ける父と、父の豆腐を多くの人に食べて欲しい娘。父娘ふたりをめぐる人の交流を描いたお話です。」高野豆腐店の春 もりのいぶきさんの映画レビュー(感想・評価)
高野豆腐店は混ぜ物なしの本来の豆腐を作り続けている豆腐屋さん。本物の豆腐を作り続ける父と、父の豆腐を多くの人に食べて欲しい娘。父娘ふたりをめぐる人の交流を描いたお話です。
地域発の作品はなるべく観てみたい方です。
そしてお話の舞台が「手作りの豆腐屋さん」。
豆腐は大好きです。 うん いいかも ♪・_・
というわけで、鑑賞してきました。
舞台は尾道市。
高野豆腐店。こうや ではなく たかの。
尾道といえば大林監督の尾道三部作が有名。
豆腐も名産なのか と検索してみましたが
これはそういう訳では無さそうでした(汗)
※ 尾道ラーメンが有名みたいです。
あとは海産物とか柑橘類とか。
で、高野豆腐店。
店主 兼 豆腐職人 高野辰雄(藤竜也)
店員 兼 職人見習 高野春 (麻生久美子)
父娘の二人で経営しています。
娘は一度結婚して東京に出たものの離婚。
尾道に戻って以降、豆腐作り修行中。
父は心臓に持病あり。奥さんとは死別。定期的に通院中。
娘は父の豆腐作りを広めたい。再婚の意志は「?」
そして豆腐屋の二人をとりまく人びと。
・床屋のオヤジ
・転職やのオヤジ
・タクシー運転手 etc
みんな、豆腐屋のオヤジの老後を心配しつつ
娘は再婚しないのか と気にかけています。
そんなある日
病院で心臓の検査結果を聞いた高野辰雄
心臓の血管が詰まっていると知らされる。さらに
手術しないと命に関わる… と告げられてしまう。…あらら
ふらふらと診察室を出る高野辰雄。
落とし物をしてしまうのだが、気付いて拾い上げ
声をかけてくれた老婦人と出会う。
その老婦人、名は 中野ふみえ(中村久美)
彼女も病気を抱えながら、清掃の仕事をして暮らしている。
偶然の出会いが続き、辰雄と親しく話をするようになる。
この二人の交流が、このお話の軸の一つ。
そして、心臓が良くない辰雄が、娘の再婚相手を探さねば と
仲間に声をかけ、ムコ探しをするようになるのですが
この婿探しに関わる話が、このお話の軸のもう一つ。
高野辰雄と高野春。
二人を巡る人間模様が細やかに描かれます。
◇
派手な演出もエピソードも無いストーリーですが
作品の根底を流れるテーマには重いものがあります。・_・
尾道といえば広島県。
ヒロシマといえば… です。
最初、高野辰雄は被爆二世なのか と思っていたのですが
劇中 ” あの雲を見た ” と本人が口にしていました。
あの雲 とは多分 キノコ雲。
当時5才くらいの子供なら、記憶に残っているかも。
この作品が2016年の話(※)だとして、1940年生まれ
(仮定ですが)の高野辰雄は76才。娘は40代半ば。
うーん、何となくそれっぽい感じかも。
(※ 商店街の横断幕に、2016年と書かれた物がありました)
春の離婚の原因も、そこ(春が被爆二世?)にありそうで
今なお付きまとう被害の実態(の一部)に、考え始めると
重苦しい感じになってしまうのですが…
それをどこかに吹き飛ばしてしまうのが
豆腐屋をめぐる「友人・知人」たちの明るさ。・-・
時に言い合いをしつつ、助け合う姿からは
「生きる」とはこういう事
そんなメッセージを受け取った気がします。
観て良かった。そう思える
昭和ノスタルジー感漂う人情身溢れるドラマ。
でした。
満足です。
◇あれこれ
■タイトルとエンドロールの背景は「豆腐」?
白地の背景の上に文字が表示されるので見易いなと
思っていたのですが、よく見ればこれ「豆腐」なのでしょうか?
小さな黒いツブが見えるのは、豆腐表面の気泡みたいに見えます。
最後列の座席で観たので、詳細が確認できませんでした。
■「○○屋」という表現
「豆腐屋」に「床屋」に「電気屋」…etc
いかにも昭和的な表現に感じられました。
頭に「場所」がつけば、もう立派に「固有名詞」です。・_・
「駅前の豆腐屋」
「商店街入口の電気屋」
「三丁目の風呂屋」 …etc
■気になるその後
・財産目当てでオバに接近してきた姪夫婦
→ 「1カ月以内にハンコをつかせる」とか何とか、とにかく
穏やかでない発言をしていたのでその後が気になってます。
・ニガリを入れ損なった豆腐
→ ぼーっとしていて藤竜也がしくじった「あの豆腐」
丸々無駄にしたのかなぁ。
それとも救済する手段があったのか…。うーん。
◇最後に
昭和の中頃、豆腐は近所の豆腐屋さんで買ってました。
水に沈んでいる豆腐を掬いあげ、持参した鍋に入れてもらい
その鍋を落とさないよう、慎重に家まで持ち帰るのが
子供のお仕事でした。はい。
そのお店で豆腐を作っていたのかまでは覚えていませんが
瓶のラムネも売っていたような記憶がうっすらと…。
だんだんと昭和も遠くなりつつあるようです。
☆映画の感想は人さまざまかとは思いますが、このように感じた映画ファンもいるということで。
今晩は。
”「源氏」というのは「文化横町」のお店でしょうか?”
そうです。学生時代には敷居が高くて、国分町の安酒場で呑んでいましたが、社会人になってからは仙台出張の際には行ってました。今は分かりませんが、お酒は三杯まででお通しも一杯目、二杯目、三杯目で決まってましたね。
只、私は酒量が多いのと食べ物は自分で選びたいので、勾当台公園近くの”一心”という小さな小料理屋で、仙台に住む友人とは良く飲みますね。魚は美味いし(仙台の居酒屋は基本的にチェーン店は行きませんが、小料理屋は美味いですね。)結構飲んでから、オジサンになったので回らない寿司屋でお酒とちょっと寿司をつまみます。
で、翌日お仕事です。
今から思えば、(というか今でも)良い街で学生生活を送れたなと思っています。学生時代もバイトでお金が入った際には”かき徳”や牛タンの”太助”に行ってました。因みに家人と仙台に行った際にも両店に学生時代の友人と行きましたね。懐かしいなあ。では。
度々すいません。
もりのいぶきさん、宮城の方だったんですね!。
オイラは、東北大学の法学部で4年学び(浪人時代も含めると5年)仙台で暮らしていたんですよ。で、東北の山はほぼ登ったんですね。
その後、社会人になってからも時折仕事で訪れましたが、良い街ですよね。一番通ったのは、国分町ですね、ヤッパリ。
で、社会人になってからは学生時代には憧れだった「源氏」に恐る恐る行ってオイラも頑張ったなあ、とか思ったり。
学生時代に地下鉄の工事(一晩で一万2千円稼げました。)で稼いだお金で登山靴、ザック、ピッケル、アイゼンを少しづつ買いましたね。今でも登山の仲間や学部の友人とは交流をしています。
高校,大学生の時に出来た友人って、一生の宝だと思っています。
因みに私が映画好きになったのは同じ学部の友人で、映画館の息子がおり、彼が振舞ってくれた観賞券で映画を観始めたのがきっかけです。では。あ、返信は不要ですよ。
度々・・。
今作は、私は最近見た邦画の中ではとても好きな作品です。
今作には人間性の不器用ながらも、善なるものが詰まっており、とても満足した作品でした。と共に、私は人間性肯定のヒューマンドラマが好きなんだなと改めて感じた映画でもありました。では。
明日から又、蒸し暑い日々が始まりますが(今日も工場はとても蒸し暑かったです。日本は既に亜熱帯ではなく、熱帯ですね。)御身体ご自愛下さい。私は明日は一日仕入れ先指導なので、もう寝ます。では。