「ルカのうた、キリエのうた、イッコのうた、夏彦のうた、イワイのうた…全ての思いが重なっていく」キリエのうた 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ルカのうた、キリエのうた、イッコのうた、夏彦のうた、イワイのうた…全ての思いが重なっていく
最初予告編を見た時、人気ミュージシャンを映画初主演に迎え、単なる路上ミュージシャン少女の話と思っていた。岩井俊二監督作にしては安直な…。
が、少し詳細を調べてみると、13年に及ぶ物語。それを3時間の長尺で描く。興味が沸いてきた。平凡な作品にはならぬだろうと。
で、実際に見てみたら、想像以上の壮大な物語。
4つの時代、4つの場所、4つのエピソード、4人の男女が交錯。
現代。路上ミュージシャンのキリエと不思議な女性イッコの出会い。
2018年。将来に悩む女子高生マオリは家庭教師の妹ルカと友達になる。
2011年。小学校教諭のフミと家ナシの少女ルカの出会い。
2010年。高校生の夏彦は一年後輩のキリエと恋仲になる。
これだけ書き出すと、どういう人間関係?…と思う。同じ名前…? 同一人物…? 別人…?
それぞれが別々ではなく、無論繋がりあり。作品的に言ったら、不思議な縁と言った方がいいだろう。
まず、現代。東京。
路上ミュージシャンのキリエは上手く喋れず、歌しか歌えない。
路上で歌っていた時、一人の女性イッコが足を止める。
不思議な魅力のイッコ。彼女はキリエのマネージャーを買って出る。音楽プロデューサーにも紹介する。キリエの歌はにわかに注目を浴びるように。
実は、キリエは覚えていなかったが、これが初対面じゃなかった。高校の先輩と後輩で、唯一の友達だった。
イッコの本名はマオリ、キリエの本名はルカであった…。
2018年。帯広。
将来の進路や夢も無く、ただ漠然と日々を過ごすマオリ。
母親が再婚。その相手から家庭教師を手配される。
家庭教師としてやって来た夏彦。彼の教えでマオリは大学受験に励むように。
マオリは夏彦から妹と仲良くしてやって欲しいと頼まれる。
そうして話し掛け、親しくなったのがルカであった。
夏彦とルカは実の兄妹ではない。それでも3人は欠けがえのない時と絆を深めるも…。
2011年。大阪。
男子生徒から、何も喋らず家も無い少女の事を聞いた小学校教諭のフミ。自宅に預かる。
所持品から名前は“コヅカルカ”。さらにSNSで調べると、石巻で“コヅカキリエ”という女性を探している“なっちゃん”の投稿が。
連絡を取り現れたのは、夏彦。
彼はルカやコヅカキリエとの誰にも話した事の無かった過去を話す…。
2010年。石巻。
高校生の夏彦は一年後輩のキリエと出会い、付き合うように。この時ルカも紹介される。
やがてキリエは夏彦の子を妊娠。結婚を約束。
夏彦の進路の事で暫く会えなくなり、電話のみのやり取り。
久々の電話。その時…。2011年3月11日の石巻…。
ルカを探しに行ったキリエは…。
独りぼっちとなったルカは、大阪行きのトラックに…。
誰と誰が関係あって、こことここが繋がって…いざレビューにしてまとめようとすると、なかなか複雑。
しかし実際に見ると、自然にスッと話に入り込む。
ルカが持つギター。
何故ルカは“キリエ”と名乗るのか。
何故ルカは歌しか歌えなくなったのか。
ルカにとってのイッコ。
イッコにとってのルカ。
不思議な縁によって、絶たれた絆を再び繋ぐフミ。
キリエと夏彦。夏彦の贖罪。
キリエとルカ。その姉妹愛。
出会いと別れ、後悔とそれぞれの思い。
運命に導かれるようにして、何度も交差してゆく。
どうしようも出来ない事もある。法や社会が立ち塞がる事もある。悲しく、辛く、苦しい事ばかりのこの世界…。
伝えたくても伝えられない、届けようとももう届かない…。
たった一つだけ。歌声に乗せて。この全ての胸の内を、思いを。
名前は聞いた事あるけど、歌手としてもそれほど意識してなかったアイナ・ジ・エンド。
本作で我が脳裏にしかと刻み込まれた。
喋り方や演技の巧い下手、人それぞれ意見が分かれるだろう。
が、キリエ/ルカと一心同体。彼女が演じてこその魅力と輝きがあった。
内向的なルカとアンニュイなキリエ。一人二役。それぞれもしっかりと演じ分け。女優としても原石。
そんな彼女を、劇中同様周囲がサポート。
年齢的にはまだまだ若手枠だが、その存在感も個性的な演技もベテランのよう。つい先日見た『ネメシス』のイマイチさを、軽く払拭してくれた広瀬すず。マオリ時代とイッコ時の演じ分けは勿論、変わる変わるヘアスタイルや衣装も楽しませてくれた。
黒木華も同じく。本当にサポート的な役回りと立ち位置だが、作品や周りを引き立たせる。にしても、彼女の先生役は何度目…?
松村北斗も好演。所々演技が拙かったり、光るものあったり、それがまた作品にシンクロしたナチュラルさ。
周りも村上虹郎、大塚愛、江口洋介、吉瀬美智子、奥菜恵、浅田美代子、石井竜也、北村有起哉などなどなど、若手~ベテラン~実力派~ミュージシャンまで、豪華キャストが彩る。
ツボったのは、『ラストレター』では庵野サンだったが、今回は樋口サンかい!
また、ルカの子供時代を演じた矢山花も忘れ難い。フレッシュさキュートさもさることながら、涙を浮かべる長いワンショットのシーンには引き込まれた。
そして言うまでもなく、アイナ・ジ・エンドによる歌。
美しく歌い上げるというより、ハスキーボイスの心や魂の熱唱。
それが役の心情とリンク。
小林武史による音楽、岩井印のノスタルジックで圧倒的な映像…それらの美しさ。
演出・語り口・編集など巧みというより、岩井監督の感性。
それに魅了されるか否かで、作品自体の好みも分かれる。
話も壮大のようであり、PVのような映像を延々流し、実の所中身は薄いと人によっては思いそう。
アイナ・ジ・エンドの下着シーン、レ○プされそうになるシーンも評価の分かれに拍車をかけそう。
そして、震災シーン。実際の震災と同じくらい長く揺れ、個人的には恐ろしさと共に変に避けたりせずしっかり描いたと思ったが、特にこのシーンは賛否分かれそう。震災題材の作品でもないのに、あんなにリアルに描く必要あったのか…?
ハマれば至高の3時間。ハマらなければただただ長く退屈なだけの3時間…。
私個人は、物語にもキャストのナチュラルな演技にも歌にも映像美にも魅了された。
3時間たっぷりと入り浸った。
実は、直前まで見ようか見まいか悩んでいた。
スルーしないで良かった。
素直に、見て良かった。