「スカイツリーがみえる老朽アパートで独り暮らす初老の平山(役所広司)...」PERFECT DAYS りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
スカイツリーがみえる老朽アパートで独り暮らす初老の平山(役所広司)...
スカイツリーがみえる老朽アパートで独り暮らす初老の平山(役所広司)。
早朝に起床し、若いころから好きな音楽のテープを聴きながら軽自動車で渋谷区内の公衆トイレの清掃に向かう。
時折相棒になる若いタカシ(柄本時生)は軽佻な雰囲気。
清掃もおざなりで平山としては「いまどきの若い者は・・・」といった気持ちがないわけではないが、割り切っているのかそれほど気にもならない。
仕事が終われば、自転車に乗り換えて銭湯の一番風呂に入り、浅草の古い地下街のなじみの一杯飲み屋で酎ハイと一品で食事を済ます。
判で押したような毎日・・・
といったところからはじまる物語で、平山の暮らす老朽アパートのつくりが面白い。
メゾネット式で、入口を入って左に台所、階段下に物置代わりの小部屋、二階に四畳半と六畳。
四畳半のちゃぶ台の上には、いくつもの小さな鉢が並び、若木が育っている。
六畳間には、ちょっとした引き出し箪笥と、窓際にカセットテープがビッシリ並んだ低い棚とその横に古本が詰まった書棚がある限り。
生活臭さがないのだが、銭湯のため風呂なし、コインランドリー利用で洗濯機なし、すべて外食なので冷蔵庫も調理器具もなし、かろうじて湯沸かし用の茶瓶がある限り。
そぎ落とした生活で、一見、禅的生活にも見えるのだが、日々ではなく、もう少し期間を広げて見てみると、そうでないこともわかる。
昼の休憩は木々が茂る神社のベンチで牛乳とパンを食べ、頭上の木漏れ日をオートフォーカスの安手のフィルムカメラに収める。
1日に3枚ほど撮って、1週間経てば24枚撮りのフィルムは終わり、なじみのカメラ屋で現像を依頼し、新しいフィルムに交換、前に現像依頼した写真を受け取る。
出来上がった写真はモノクロ。
選別して、出来の悪い写真は破って捨て、気に入ったものは海苔か煎餅が入っていたブリキ缶にフィルムと一緒に収め、ひと月経てばブリキ缶を四畳半の押し入れに仕舞い込む。
週末もうひとつの行動は、自転車で浅草まで行き、なじみの古書店で1冊100円の本を買う。
今週買ったのは幸田文『木』。
その足でなじみの女将のいる小料理屋に行く。
日々の一杯飲み屋に比べると相当な贅沢。
コインランドリーで洗濯して日ごろの垢を落とすのだけれど、選別したとはいえプリントした写真やフィルムは溜まる。
読み終えた本も溜まる。
溜まった本は、本棚からはみ出し、平積み状態になっている。
そう、モノは知らぬ間に増えている。
削いでも削いでも増えていく。
人は、どうだ。
かつての平山は、かなりの資産家の息子だったことが中盤わかる。
父親と反りがあわなく、出奔したのだろう。
人との付き合いは絶つように生きてきた。
銭湯での常連との会釈、一杯飲み屋の大将との無言の挨拶(なにせ、何も言わずとも、決まった酒と一皿が出てくる)、神社の住職への会釈。
ま、そんなところだ。
だが、絶ったようにみえて絶えているわけない。
実家の事業を引き継いだ(と思しき)妹の娘、つまり姪が家出して平山を頼って来る。
頼るといっても、ちょっとした、はじめての家出。
少しばかりの非日常。
平山にとっても姪との短い暮らしは非日常。
日々に埋もれていた(気づかなかった、気づこうとしなかった)日常の中の変化。
時折の相棒タカシは急に去っていった。
タカシの担当分も清掃をして、へとへとになった平山に一時的とはいえ新しいパートナーが来る。
なじみの小料理屋の女将の素性も偶然知った。
行き場がなくなって親水公園、橋の下で辞めていたタバコを久しぶりに吸っていたときに、女将の別れた元夫(三浦友和)と偶然一緒になり、教えてくれたのだ。
そのとき元夫が言う、「彼女をよろしくお願いします」と。
そんな気など毛頭ないが、「よろしくお願いします」と言われるのはまんざら悪い気もしない。
姪も頼って来てくれたのだ。
仕事の一時的相棒も、よろしくしますと言ったような。
これまでと同じように清掃に向かう平山の車中、「Perfect day, Perfect Life...」とカセットテープから歌が流れる・・・
足るを知って、余計なものはそぎ落としたつもりだったが、まだ足らないと思っている心がどこかにある。
それを、カセットや文庫本や写真のフィルムが象徴している。
これで十分と感じた人との繋がりは、自分が思っていたものよりも太かった。
日々は変化し、変化に気づいているようで気づいていない。
変化に気づけるくらいが、程よい暮らしということだな。
気づいているか、オレ?
<追記>
反復と往復で描かれる、ヴィム・ヴェンダース監督お得意のロードムービー。
これぐらい、ささやかなロードムービーがいいです。