メイ・ディセンバー ゆれる真実のレビュー・感想・評価
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虫がダメな人は見るのをやめよう(芋虫・蛹・蝶が頻出します)
「面白かった!」というよりは「考察しがいかある」という映画。全然スッキリもしないし、何の解決にもならない。あなたにとってのメイ・ディセンバーがあると思う。
表題にも書いたけれど、虫が要所要所に出てくる。ジョーの精神のメタファーかなと思うけど、結構アップで映るので苦手な人はやめよう。私は字幕だけ見てたぞ。
あと音がずっと不穏なのでそういうのが苦手な人にも向かない。
個人的にはモキュメンタリー?みたいな感じに見える。
グレイシーのお化粧が正直年齢的に無理があるのでは?と思ってしまう。けど、それこそがグレイシーの年齢を表している様だった。あとエリザベスにその色は似合わなくね?と思ったけど、次のシーン以降はちゃんとエリザベスが自分に似合わせてたから凄かった。チークとアイシャドウも揃えてたね。少女の様なピンク。というかお洋服や髪型も後半に行くにつれ本人に寄せてたような。
娘が試着した時に「すごくよく似合ってる!時代かしらね、そんなに腕を出してしまえるなんて羨ましいわ」みたいな事言っててゾゾゾとした。母からの呪いです。
以下、考えぐちゃぐちゃなまま書き殴る乱文。
グレイシー36歳、果たして彼女は"まとも"なのか。36歳のグレイシーと13歳のジョーは果たして本当に両思いで、合意の上だったのか。そもそも本当に二人の間で性行為は行われたのか?
とか、色々考えてる。
私はグレイシーは無邪気じゃなくてまともだけどとてつもなく利己的なんだろうなと、思う。今日を明日を幸せに生きたい彼女が、自分が幸せな人生を送るにために何も知らない13歳の子供を利用したんじゃないかと思う。
グレイシーは兄二人弟二人で守られて育ったという話があったけれど、守られていたというのは全て制限されていたということでもある。36歳までそんな生活を強いられたら狂いたくもなる。その上家から出たくても父親からは「家を出たいなら花嫁か棺桶の姿で」と。怖すぎ。自立させたくなさすぎ。嫌すぎ。まあ、当時の時代背景がどうかは知らないけれど、2024年の今そんなこという父親なんて毒親でしかない。
ペットショップ(=家族の手が入らない所)に入り浸って常連になって店番をやって几帳面に帳簿を付けて取り入って信頼を得て、人員補填の話を店主側も受け入れてる。凄い。「最低賃金で雇えば」というのも、最低賃金であっても働かなければならない程困窮している人が来る想定だよね?だから立場的に弱い人を意図的に呼び寄せてるのではないかと思う。
韓国系のご家庭は地域に一軒。そのくらい地域的にその事実は知れ渡ってるんだから兄弟の面倒を見ている長男がいることも、知ってたでしょう。そうしてジョーは実際に13歳でも最低賃金で働かせてもらえるペットショップへ足を踏み入れてしまったんじゃないの。
まんまと引っかかってしまったジョーは兄弟の面倒を見てしっかりしていたとして、11歳の「しっかり」なんてたかが知れてるって大人は理解出来てしまうわけで。苦労人のジョーは嬉しかったろうな。大人の綺麗で可愛くて優しいお姉さんが「わかるよ」と優しく寄り添ってくれるの。13歳でなくたって嬉しいよそんなの。
そこで本当に性行為があったとしてもなかったとしても、グレイシーは手紙を渡す事でジョーを完全に食い切ったんだと思う。あれは呪いですよ、呪い。「私はあなたが誘ったからそれに乗っただけなのに何故か捕まったの。愛してるわ、あなたが私を愛してる様に」とかいう呪い。怖。13歳で判断能力なんて大してないうちに真実かどうかもわからないのに、優しく寄り添ってくれるお姉さんから「あなたが私を抱いたから投獄されたの。でも私たちは何の罪もないわ、だって私たち愛し合っているんだもの。そうでしょう?」なんて言われたらそりゃ。言うわよな。そりゃな。自分にしかお姉さんを救えないんなら救いたくなるもんだよな。13歳だもん。愛してるって言うだけだもんな、その時は。もっと言うと、自分の行動のせいで投獄されたお姉さんを救えるなら、その自分の罪を背負ってくれたお姉さんを救えるなら言うよな。愛してるってな。
ただ、エリザベスから少し優しくされただけで寝ちゃうし絆されるし助けを求めてしまってるわけで。36歳でそれなら13歳の時なんてそりゃもう、チョロかったろうなあ。もしかしたらまたこの人と寝れば今置かれている自分の立場から逃げれると思っちゃったのかな、とも思う。24年前のジョーはそうしたんだろうから。
こうしてグレイシーは36歳にして幼い奴隷と自由を手に入れたわけだな。「無邪気な少女」のまま「ジョーに理解を示すお姉さん」としてね。そして、ジョーは13歳にして「自分を理解してくれて導いてくれるお姉さん」と自由を手に入れたわけだ。まあ、13歳の少年にとってはであって、36歳の青年にとってどうかはともかく。
生まれた子供が母譲りの金髪でも父譲りの黒髪でもなくても、ジョーが是と応えたのだからあれはジョーとグレイシーの子なわけで。(これは染色している場合無関係である)今なら遺伝子検査出来るけど、したのかな。まあ第一子はジョーの父とグレイシーの子な可能性もあるからなあ。だからこそ地域で一軒しかない韓国系の家の実子を使うしかなかったのかもしれないね。たとえそれが13歳の少年の人生をむちゃくちゃにしたとしても。
グレイシーは12歳頃から二人の兄によって近親相姦を受けていた(?)みたいな証言があって、それをグレイシーは否定していて。それが真実であればグレイシーは被害者でありジョーは二次被害者の可能性が高くなって今の幸せな生活は壊れるわけだから否定するしかないよなと思う。グレイシーにとって小さな奴隷と愛し合っているからこそ成り立っているしあわせな生活なんだもんな。
一晩経ってやっと気付いたけど、次々に役者を現場に連れて行ったのはすりあわせのためか。お菓子屋さんって言われては洋菓子屋を想像するのと和菓子屋を想像するのではだいぶ違うもんね…。
エリザベスは記者じゃなければ救世主でもない。それこそ誰よりも利己的な理由でグレイシーのこともジョーのことも、家族ごと、たかだか「作品」のための観察対象だと思っているところが最高に狂っていて良かった。
こんな事を書いているとまるでグレイシーが加害者で、ジョーが被害者の様に見えるかもしれない。でも、自分の自由のためにジョーを利用したグレイシーと、自分の平和と安寧のためにグレイシーを利用したジョーの話なんだと思った。そこに愛があるかはわからない。愛があるかどうかは多分、彼女にとってどうでもよくて、彼にとってもどうでもよいものだから。
言い繕いではないのだろうけど、全員真相(深層)を語らず
最初から最後まで、なんかよくわからないまま進みました。
不安にさせる音楽と唐突に登場する人物たちに「この人って誰よ?」と今までのシーンを振り返り頭をフル回転、でもわからない……
みんな、誰と連絡取り合ってるの?蝶々愛好家?それとも不倫相手?
プロデューサー?兼不倫相手?
「私はトム(前夫)とジョー(現夫)以外は経験がない、ジョーは私の前に二人位とシテる」?「ボク(ジョー)はグレイシーしか知らない」?
エリザベスはなんでジョーといたしちゃったの?しかもジョー、めっちゃ早いじゃん!
結果、蛹から蝶になって飛び立つが如く、何か知らんが時が経ち人はそれぞれの想いを抱き色んな方向へ、ってことなんでしょうか、うーん。
制作にナタリーポートマンが名を連ねているので、彼女が「作りたい」って強く思って作品化されたのでしょうか。自身の脳内では上手く昇華されて完結した作品なのかもしれませんが、凡庸なワタシには理解しきれない作品でした。
それにしても、年齢差はあるのに二人並んだジュリアンムーアとナタリーポートマン、瓜二つなほど似ていて、演者さんてやっぱり凄いなぁと感心しました。
パンドラの箱を開けたのはだぁれ
タイトルの「メイ・ディセンバー」は
「親子ほど歳の離れたカップル」を意味する慣用句で
本作は実際に起きた事件に着想を得ていると言う。
36歳の女性教師が夫も子供もありながら、
13歳の生徒と関係を持ち
実刑を受けた獄中で出産。
出所後に二人は結婚し、暮らしている、との。
多くのスキャンダルが渦巻く米国でも、
とりわけセンセーショナルなできごとと思われ、
世間の耳目を相当に集めたことは想像に難くない。
本編では、その事件を基にした映画製作の企画が持ち上がり、
主演予定の人気女優『エリザベス(ナタリー・ポートマン)』が
役や作品を膨らませるため当の家族を訪れ、
インタビューやリサーチを行うという二重構造。
事件のことは社会から早く忘れてもらい、
静かに暮らしたいと願うのが普通の家族の気もするが、
とりわけ妻の『グレイシー(ジュリアン・ムーア)』は、
なぜか率先して彼女に協力する。
そこには、自分たちの正しい姿を知ってもらいたい、との
強い思いがあるよう。
とは言え、家族は一枚岩には非ず。
夫の『ジョー(チャールズ・メルトン)』は妻の意向を尊重するも、
後に生まれた双子を含めた三人の思春期の子供たちの感情は複雑。
映画化の企画すら無くして欲しいと考える者もいる。
『エリザベス』が家族の関係に踏み入る中で、
表面的には幸福そうに見えても、奥底に潜む闇が見えてくる。
暖かく見守っているかのような周辺住民も
実際は困惑の思いがあり、腫れ物を扱うようしている。
近隣に住む離婚した『グレイシー』の嘗ての夫や、その子供たち
(やはり『グレイシー』の実子)も同様。
とりわけ『ジョー』は、基本は婦唱夫随ながら、
抑えていた感情の揺らぎが次第に露わに。
さかのぼること二十数年前、
二人がそのような関係になったそもそもの経緯も含めて
霧の中に溶け込むように模糊とし、
夫婦の間ですら感情のすれ違いが起きてしまう。
やはり「よそ者」が入ることで、
安定して見えていた共同体が揺らぎ始めるとの物語。
とりわけそのかく乱者は、
表向きの優しい物腰や美しい容姿とは裏腹に、
作品や役作りのためであれば、
自身はおろか関係者をも平然と生け贄にできる「トリックスター」。
目の前の役柄に専心し、
残された者たちのことなど歯牙にもかけなくなる。
実に嫌らしく意地悪極まりないけれど、それが面白い
張本人グレイシーと映画化で彼女を演ずるためのリサーチに訪れた女優エリザベス、2人がメイクの仕方をネタに鏡の前で語り合うシーンが本作の白眉。明らかに色白のジュリアン・ムーアがややダークな肌色のナタリー・ポートマンに化粧を施し、そして鏡を揃って見る。無論、鏡がある前提で2人は本作映画のカメラに対峙している。ブロンドとブルネットと大きく異なる髪色、当然に実年齢は21歳も異なる、にもかかわらず双子のように鏡に向かってその存在を揺るがす様相が恐ろしい。
監督トッド・ヘインズ、出演ナタリー・ポートマンそしてジュリアン・ムーアのオスカー女優同士、とあらば観るしかないわけで、まるで何の予備知識もなしに鑑賞。後で調べましたらなんと実話! 13歳の少年と36歳の既婚女性の恋愛スキャンダルが20数年前に起こり、コトが表ざたとなり未成年相手ゆえに罪に問われ、実際に服役までし、しかも獄中に少年の子を出産とは凄まじい。こんな実際の事件を基に、映画化と言っても、事件からなんと23年後の設定(と言う事はほぼ現実の現在)で、しかも劇中で映画化のために主演女優が役作りのために訪れると言う、トッド・ヘインズらしい凝りに凝った設定。
と言う事は本作のためにジュリアン・ムーアは張本人に逢ったのだろうか?それもナタリー・ポートマンと一緒に? なんて考えだすと堂々巡りでラチが明かない。いかにも癖のある大女優ジュリアン・ムーアに、若きチャレンジャーとしての名女優ナタリー・ポートマンが挑戦してゆく映画として私は観た。簡単に言ってしまえばミイラ取りがミイラに、に近いものの、そもそも答えをまるで用意していない風情に、ひたすら混沌だけが残る。その意味で実に後味悪く不快レベルでしかない。けれど大女優2人がこんな低予算の作品に真摯に取り組み恥部を曝け出す寸前まで追い込む演劇的PLAYが面白いのもまた事実。
厭らしいのは過剰に大仰な伴奏音楽で、どうやら意図的にガンガンと何でもないシーンにドラマチックに鳴り響く。この違和感こそが監督の意図かもしれません。嫌がらせの排泄物が送られても、どこ吹く風の奇怪さ。リサーチとは言え、ここまで家庭の深部まで上がり込んでいいのかしらの違和感。挙句の果てはエリザベスはグレイシーの若き夫と出来てしまうとは。無論これは本作の脚色でしょうが、考えるだけでおぞましい。清楚なイメージのナタリーの壊れようが凄まじくて、面白い。
ラストはいよいよハリウッドでの撮影シーンで、ブロンドに染めたエリザベスが少年相手にラブシーンの語り。3テイク目にやっとOK出たにも関わらず、エリザベス自ら「もう一回やらせて」のシーン。役に入り込み過ぎたのか分かりませんが、明らかに主人公自身の混迷が見て取れる。本当に意地悪な映画です。
ストーリー?ライフだよ!
そりゃ自分の人生の2年間を切り取って映画にしたい人に物語って言われたら怒るよね。
最初から最後まで主題が分からずかなり戸惑ったし、
音がデカすぎるピアノはホラーだし、撮り方もホラーっぽいし、家族構成もとんでもなく複雑すぎるしで、衝撃というより混乱というのが正直なところ。
双子のお子様がかわいくてイケメンでこれからが楽しみなのと2人を並ばせた鏡の構図は面白かったかも。
ではこの夫婦がなぜ小さな街に留まったのか?
それは何もやましい事も恥ずかしい事もしてないから身を隠す必要がない、という感覚を強いと捉えるかサイコパスと捉えるかで見方は変わってくる気がするかも。
あと何であんなに素敵な暮らしができてるのか?なにで収入を得てるのか?その辺りを書いてもらえるともう少しだけ理解ができたのかも。
大まかにでも史実に当たってから見た方が良い映画だったのかも。メイディセンバーって親子ほど歳の離れた結婚のことを言うんだって!これも今調べたから!自分、簡単な映画見過ぎかも!
ラストシーンは失楽園のメタファーなのかも?あれだけ取材してメイクギラギラで子供を誘惑するグレイシーに落ち着くのも意地悪かも。そう考えるといろんなメタファー入ってたかもな…
かもかも、ばかりなのは本当にわかんなかったからかも!
トップカットのホームパーティーのシーン、あそこにいろんな伏線がある気がするのでもう一回見たいけど全部見るのは本当に苦行なのでサブスク待ちます。
Vague
少年ジョーと成人女性グレイシー、23歳差での妊娠という実話を映画化にする女優が夫婦に密着していくという、妊娠をメインではなく、役者としての関わり合いというのをメインに据えるという珍しい構成に興味を持って鑑賞。
妊娠するまでの事に至った経緯だったり、グレイシーが起こした事件だったり、服役中の事だったりの描写が一切ないというのが面白い構成で、映画作りの様子の密着を観ているようで、フェイクドキュメンタリーのようでした。
落ち着いた暮らしをしているジョーとグレイシーの元にズカズカと割り込んで、長期の密着にも悪意全く無しで居座っているエリザベスの肝っ玉も中々のもんで、グレイシーの元旦那だったり、事件を起こしたペットショップの店長だったりとめっちゃ取材に行って、その仕方も手慣れていて自然なのもあって、すんなり情報を聞き込める流れも上手いなぁと思いました。
エリザベスが行動やメイクやら、どんどんグレイシーに近づいていってるのが女優という役職も含めて仕事だと割り切ってるぽかったし、制作会社からとかの依頼ではなく、エリザベス自身が興味を持っての取材、しかもジョーとS○Xに及んでしまう流れ(例によってモザイク処理されているのでR指定なのに…と少し萎えます)もこれも仕事となっている仕事人間っぷりは中々に怖いもんです。
そこから出来上がる過程も最後の方に流されますが、実際の話とは異なりまくるダラーっとしたドラマで、これは本当に面白くなるのか?というくらい安っぽいんですが、エリザベス自身はめちゃくちゃ本気で演技に取り組んでいるギャップがなんともいえない気分にさせてくれます。
劇伴がドカーンといった感じで唐突にここが見せ場ですよー!と言わんばかりに流れてくるのが露骨すぎて笑ってしまいました。
この手の作品でこんなに音楽を鳴らしまくる作品は珍しくて、狙ってやってるんだろうなぁとフフッとニヤケっぱなしでした。
映画としてのパンチはあまり強くないので、演技面以外で画面に惹かれる事がなかったのは惜しかったんですが、家だと滅多に見ないジャンルなので劇場公開に踏み切ってくれた事に感謝したいです。
鑑賞日 7/14
鑑賞時間 10:50〜13:00
座席 F-3
実力派女優の火花散る競演
“犯罪”を様々な立場で考える
観賞動機は「ナタリー・ポートマンが出ているから」それだけだった。
【物語】
女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)が、ある町に暮らすグレイシー(ジュリアン・ムーア)、ジョー(チャールズ・メルトン)と3人の子供の家庭を訪れる。20年前にこの夫婦が起こした事件を映画化することになり、グレイシー役を演じることになったエリザベスが役作りのために彼らを知ることが目的だった。
その事件とは、当時36歳の人妻だったグレイシーと13歳のジョーが恋に落ち、その情事が表沙汰になり世間を騒がせたのだった。そのことで服役したグレイシーは、ジョーとの間にできた長女を獄中で出産。出所後結婚した二人はさらに双子の兄妹を授かり、その双子も近々に高校卒業を控えていた。
エリザベスはその町にしばらく滞在して家族の元に足繫く通い、さらには事件後別れた元夫や元夫との間の子供達にも会いに行き、事件当時と現在の心境を聞いて回る
【感想】
観る気になったのは、冒頭に書いたとおりだが、それも公開数週間前に鑑賞予定に入れたままだったので、鑑賞時には観賞動機さえすっかり忘れていた。実質的に予備知識皆無で観始めたので、冒頭しばらくは「どんなストーリー???」となかなか呑み込めなかった。エリザベスが最初に登場したときには久しぶりに観るナタリー・ポートマンに気付かなかったくらい(笑)
話が進むにつれ、「そういう話なんだ」と徐々に分かって来た。そうなると、「これって、もしかして実話?」と思うようになって来た。観賞後に確認するとやはり実話がベースになっていることが分かった。
それを踏まえて改めて思い返すと、なかなか他人には分からない人の気持ちが、2人だけでなく、彼らを取り巻く周囲の人達のそれぞれの立場で丁寧に描かれていることが分る。(当然フィクションも含まれているとは思うけど。)
まず、思うのはグレイシーは刑事罰を受けるのだけど、これは「犯罪なのか?」というところ。不倫という点では道徳に反するところは明らか。相手が13歳というところで、日本でも現代では犯罪になるけれど。 グレイシーとジョーのケースはその後20年以上カップルの関係を維持・継続(刑事罰もありいつ入籍したか分からないが)し、子供も成人まで育て上げた。そういう意味では相手への愛情関係の責任を十分に全うしていると言えるだろう。
こんなことは稀なケースであるから、「未熟な青少年相手に大人が優位な立場で性的関係を結んではいけない」という理屈は分かる。そういう意味では事件発覚時に刑事罰を受けたことは妥当と言えるかもしれないが、20年経過したこの夫婦を今の時点では他人が白い目で見るのは違うように思える。少なくとも俺は忌み嫌うとか「気持ち悪い」と思うことは無い。 大人同士が結婚して、子供を作って、簡単に分かれてしまう夫婦より、ずっと素敵なカップルだと思う。
本作を観て思い起こすのは先日観た“プリシラ”。これはエルヴィス・プレスリーが兵役中にドイツで出会った米軍将校の娘である14歳のプリシラに恋をして、退役後彼女が15歳くらいのときに自宅(プレスリーの両親も同居)に住まわせて、大人になるまで待って結婚するという実話。映画では18歳くらいまでは性的関係を持たなかったことになっているのでこちらは犯罪扱いにはなっていないが、世間一般の概念ではかなりきわどい話かと。
性的関係を持たなければ純愛で性的関係を持つと犯罪なのか。俺的には自分の欲求だけで考えているか、相手を大切な存在として考えているかが、犯罪と純愛の分かれ目だと思う。そういう視点では、グレイシーとジョーの関係はお互いを大切に20年を過ごしたものと思う。
もちろん、相手を大切に思えばこそ青少年が自ら正しい判断を下せる年齢まで大人は自制するというのが模範解答なのだと思うけれども、その年齢は幾つが妥当なんだというのは相当難しい。日本の法律・条令では18歳が基準になっているようだが、一方で「同世代ならもっと低年齢でもOK」というのも「なんかなあ」という気はする。この基準は世界一律の訳もなく、絶対的に正しい基準などあるわけないのだが、法律・条令はどこかで線を引かなければならないので仕方ないけれど・・・
一方で、グレイシーのケースは不倫なので元夫あるいは元夫との間に居た子供を傷つけた事実も描かれていて、そういうグレイシーの罪は免れないこともしっかり描かれている。
個人の価値観、倫理観で感じ方はそれぞれと思うが、グレイシー、ジョーの2人だけでなく、周囲の人間の当時と現在の気持ち両方を丁寧に取り上げているところに好感を持てる。
最後に目当てのナタリー・ポートマン触れておくと、若い頃とはまた違う魅力が感じられて満足しました!
もっと予想もつかない展開を期待してたのに、、、!
13歳と36歳主婦が恋愛して、獄中出産した夫婦を題材にした映画に出演予定のエリザベスが実在のモデルに会いにいき、役作りの参考にするため一緒に生活するのだが、、、、、。
最初は、どんなにタブーを犯しても、行き着く先は、生活でしかなく、24歳差の恋愛なんて別に不思議じゃないよね?って話かなと思いきや、後半はグレイスの幼稚性が出てきて、実は洗脳なのか?と匂わせありで、蝶々が飛び立つシーンはお別れを暗喩させたり、、、、。
何が言いたいんだか、全くわからなかった、、、、
そしてサスペンス調の古い時代にありそうな大袈裟な音楽が不快だった。なんであれ?
唯一、よかったのはジュリアンムーア!めちゃ色っぽかった。思い込みの激しい演技もよかった!ただもっとエロほしかった〜!
実は、旦那は溺愛しすぎた自分が捨てた息子でした!みたいなエグいオチを期待してたのに、全然衝撃展開なしでした。
しかし13歳で世間を騒がせた少年と獄中出産の元主婦が、主婦の手作り菓子だけの商売で、郊外とはいえあんなにでかい家住めるの? 子供も大学まで行かせてさ。お金どこからわいてんねんねん!とツッコミ入れたくなりました。
ナタリー・ポートマンは頑張っているものの…
ユナイテッドシネマ浦和にて鑑賞🎥
当時36歳の女性が13歳の少年と情事に及んで実刑となった「メイ・ディセンバー事件」を映画化するにあたって、現在、女優をしているナタリー・ポートマンが当時の女性=ジュリアン・ムーア、事件の時は少年だった男=現在ジュリアン・ムーアの夫などに、過去を遡るような調査を行っていく。
しかし、過去を探っているうちに、ナタリー・ポートマンが真相と現在の関係者の感情などを知ることになり、自分も妄想の世界に入っていくような不思議な感覚になっていき……というような雰囲気だった。
ただ、観ている者にモヤモヤが残るような内容なので、観終わってもスッキリしなかった (^^;
ナタリー・ポートマンは相変わらずの美形で、女優としても熱演していたが、彼女のあの傑作『ブラック・スワン』を超える演技はなかなか困難なようだ😅
――――――<以下、少しネタバレっぽい記載あり>―――――
もともとの事件が性的なものであるものの、過去の事件を現代の視点から調べる流れなので、さほど赤裸々な描写は少なかったと思う。
ただ、事件とは別に、ナタリー・ポートマンのセックス場面があったが、アレは必要だったのだろうか?
また、ジュリアン・ムーアが犬を連れてライフルを持って行くシーンも意味不明。
いろいろとモヤモヤさせられる映画だった。
<映倫No.60057>
深い闇?
二人のターニングポイントを目撃した
序盤、過去の出来事がざっくりと語られた。
36歳の女性グレイシー(ジュリアン・ムーア)と13歳の少年ジョーの恋。グレイシーは罪に問われ服役し、獄中で子どもを出産、出所後に結婚した。
これは36歳になったジョー(チャールズ・メルトン)と59歳になったグレイシー、そして二人を題材にした映画でグレイシー役が決まったハリウッド女優エリザベス(ナタリー・ポートマン)の物語。
⚠️以下、ネタバレ注意
色眼鏡をかけて二人に近づいたエリザベスだったが、何事もなかったかのように幸せに過ごす二人がいた。「期待した真実」など存在しなかった。
観る我々は幸福に満ちた蜜月があったことを確信する。さらに二人の間に生じた修復不可能な亀裂の存在を知る。
男盛りのジョーを受けとめることが厳しくなったグレイシー。グレイシーの手のひらに乗っかった人生に対する疑念が増大していくジョー。
思ってもいない終着点だった。まさに二人のターニングポイントを目撃した。
それにしてもトッド・ヘインズ。「キャロル」でも感服したが、今作も上手いと唸ってしまう秀作だった。
左側に寄せたエンドロールには、色んな意味合いが込められている
2024.7.15 字幕 イオンシネマ京都桂川
2023年のアメリカ映画(117分、R15+)
全米を震撼させた年の差夫婦の再現映画に挑む女優を描いたヒューマンドラマ
監督はトッド・ヘインズ
脚本はサミー・バーチ
原題の『May December』とは、「親子ほどの年の差のあるカップル」のことを示す言葉
物語の舞台は、2015年のアメリカ・ジョージア州サバンナ
女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)は、再現映画の対象であるグレイシー(ジュリアン・ムーア)の家を訪ねた
彼女は20年ほど前に当時13歳だったジョー・ヨー(チャールズ・メイトン)と性的関係を持ったことが問題視され、その後、逮捕され服役することになった
グレイシーはジョーの子どもを身籠っていて、獄中出産を果たし、長女のオナー(Piper Curda)が生まれた
その後、出所したグレイシーはジョーと結婚を果たし、今度は双子のチャーリー(Gabriel Chung)とメアリー(Elizabeth Yu)を授かる事になった
エリザベスが訪ねた2015年には、オナーは大学生となって離れて暮らし、チャーリーとメアリーは高校を卒業する年にまで成長を遂げていた
エリザベスは取材と称してグレイシーに会い、自分が演じる人物はどのような人間なのかを観察しようと考えていた
13歳と36歳の恋愛、それは想像が及ばないものの、演じる上では同化せざるを得ない
そして、エリザベスはグレイシーの他にも、彼女を知る人物を訪ねて回る事になったのである
映画は、実際に起きた事件がベースになっていて、グレイシーのモデルはメアリー・ケイ・ルトーノという女性で、ジョーのモデルはヴァリ・フラウアウという青年である
グレイシーとジョーは同じペットショップで働いていて、その倉庫で行為に及んだのだが、エリザベスは生々しくも、その現場で想像を膨らませていく
そんな同化作業の果てに、グレイシーと同じメイクをして、彼女の元の家族たちとも会っていく中で、ある事実が浮かび上がってくる
それが真実なのかはわからないものの、エリザベスの出現は、ジョーに大きな動揺を残す事になるのである
ジョーはかなり不安定になっていて、それはこの20年間に一度も言えない事を抱えていたからだった
あの時、行為に及んだのは何故なのか
グレイシーが誘ったのか、ジョーがしたいと思ったのか
そのわだかまりはずっと燻っていて、それぞれは違う思いを描いていたことがわかる
ラストでは、グレイシーと映画制作陣が取材の果てに得た結論を演じる事になり、それはグレイシーがジョーを誘惑している、という構図になっていた
これが正解かはわからないが、ジョー自身があの時の選択が若かった故の過ちだったと感じていることが影響しているようにも思う
ジョーは考えてしまった
もしかしたら、自分にもチャーリーのような人生があったのではないか、と
それが、疑念として残り、エリザベスとの出会いによって発露した、という感じになっていた
いずれにせよ、かなり解釈の分かれる映画なのだが、制作的には正解をはっきりと描いている
それは、エンドロールが左側に寄っているというもので、これの意味を示すシーンがいくつかあった
一つ目はブティックにおける「本物のグレイシー、エリザベス、鏡に映るグレイシー」という構図で、これは左側が真実である、という意味になる
また、グレイシー流のメイクをするときは左がエリザベスで右がグレイシーになっているが、パーティの際の化粧室では、その立ち位置が逆になっていた
これも、エリザベスがグレイシーに近づいた、あるいは同化したという意味合いになっていて、本物のグレイシー&エリザベスは左側にいる、という意味になると思う
この辺りを踏まえて見ていくと面白くて、ベッドでジョーがグレイシーに語るシーンでは、ジョーが左側のソファに座っていたりする
どこまでが意図的であるかはわからないが、ある程度の筋をつけていると感じたので、その答え合わせがエンドロールだったのではないだろうか
実際のほうがもっと怖い
本作では、ペットショップのアルバイトとして雇った13歳のジョー少年を愛するようになった雇い主のジュリアン・ムーアが演じるグレースと親密な仲になり、やがて二人は不倫関係に。倉庫内での情事がバレて、通報され逮捕されたグレースのお腹にはジョーの子供が宿っていた。
実際の事件は以下の通り。
34歳のメアリー・ケイ・ルトーノーは担当している6年生のクラスで再びヴィリ・フアラアウの担任になる。13歳になったヴィリ少年はメアリーのあまりにも美しさからやがて好意があると仕掛けると、仕事は順調であっても家庭内では問題を抱えていたメアリーの心に突き刺さった。
メアリーは保守的なカトリックの家庭で生れ育つも弟は幼少期にプールで事故死、父親は大学教授だった頃に親しくなった女生徒と不倫関係にありしかも二人の婚外子がいる。
メアリーが22歳の時に望まない妊娠でおめでた婚をして2男2女の4人の子宝に恵まれるが夫のスティーブは浮気ばかり。
一方のヴィリ少年の家庭は恵まれているとは言い難かった、父親は毎日のように女性と遊ぶなどして孤立していた。
家庭内に心の拠り所のない二人が結ぶのは自然の流れともいえるのだろう。夫に通報され逮捕された4ヶ月後、ヴィリ少年との間に授かった娘が生まれ、後仮釈放が許されるが、メアリーは会ってはいけないヴィリ少年のもとへ行き再び情事に及んでいるのを警察に見つかり再び逮捕。
このときもまたヴィリ少年の子供を妊娠、2回目の獄中出産でヴィリ少年にとっては二人目の娘が生まれる。因みに夫スティーブとは獄中離婚している。
子供がいることを認知せざるを得ないヴィリ少年の両親はやがてメアリーを家族として受け入れ、メアリーの出所後、ヴィリ少年が結婚出来る年齢になったということもあり、二人は結婚。
12年後の2017年にヴィリが離婚申請し、翌年二人は離婚する。メアリーは2020年に末期がんで数ヶ月にわたる闘病の末に元夫のヴィリと二人の娘に最期を看取られながら58歳で旅立つ。離婚の真相はヴィリのビジネス上マリワナを売り捌くライセンスを取得するために必要不可欠だったという。
つまり、愛のある離婚だったわけ。
映画とは違う顛末であるということを脳裏に入れながら、役を演じきるために深入りしたエリザベスのグレース役に対する魂は、第三者が見たらどう感じるか?を見事に演じてる。
冷静を装った狂気と狂気を装った冷静
夫も子供もいる36歳の女性・グレイシーが、13歳の少年・ジョーと情事に及び逮捕。その後獄中出産して結婚に至るという、アメリカではかなり有名らしい実際の事件を基にした作品でした。お話の舞台は少年・ジョーが36歳になった23年後。この事件が映画化されることになり、グレイシー役を引き受けたエリザベスが、グレイシー本人やジョー、さらには元夫や情事を行ったというペットショップのオーナーなど、周辺の人物に取材をして事件の真相に迫ろうという展開でした。
まず本作の特徴は、その大仰な音楽。ホラー作品ではないので視覚的な恐怖感は全くないものの、いかにも不安を煽るような曲が要所要所で、必要以上の大音量で鳴り響くので、そこはかとない不安感が生まれました。そして同じ曲が繰り返されることで、観ている者(聞いている者?)としてはその都度緊張を強いられることになりました。
そしてストーリー的には、エリザベスがジャーナリスティックに事件の真相に迫るのかと思いきや、彼女の目的はどうやら役作りそのものにあったことが徐々に分かって来るところに意外性と面白さがありました。俳優が役作りのためにその役になり切ることは普通にあることなのでしょうが、エリザベスのなり切りは真に迫るというのをいうのを通り超えて、完全にグレイシーと同一化してました。冷静に考えると狂気すら感じられましたが、序盤でグレイシーやジョーの不安定な精神状態を見せられたことで、どちらかと言えばエリザベス視点で物語を観て来たことから、自分がエリザベスの立場でも同じことをするんじゃないかと思えて来るところが作り手の思惑だったのではと想像したところでした。
特に印象に残ったのは、情事に及んだペットショップに取材に行ったエリザベスが、ジョーとの行為を想像してその格好をするに留まらず、その後実際にジョーと情事に及んでしまったところ。23年前のエリザベスやジョーの心情を理解するには、実際に同じことをしてみるのが一番なのかも知れませんが、これには流石にビックリ仰天でした。
一方で、グレイシーが少女時代に兄達から性的な暴行を受けていたらしいことが分かり、それがジョーと情事に及んだ遠因なのではないかと感じられたものの、最終盤でグレイシーは、エリザベスに対して否定。本件に関してエリザベスとグレイシーは話をしておらず、エリザベスがこのことを知っていることをグレイシーは知らないはずなのに、突如として本件を切り出すグレイシー。つまりはエリザベスがグレイシーに同一化しただけでなく、グレイシーもエリザベスに同一化したんではないかと思わせられたシーンで、これにはちょっと怖さを感じたところでした。
俳優陣としては、エリザベスを演じたナタリー・ポートマンと、グレイシーを演じたジュリアン・ムーアの対称的な演技が見事でした。エリザベスは冷静を装った狂気、グレイシーは狂気を装った冷静を体現している感じで、鏡を多用した映像表現とともに、2人の演技は際立っていました。
そんな訳で、意外な展開の連続で仰天した本作の評価は★4.5とします。
タイトルはかなり歳の差がある恋愛や結婚の事らしいです‼️
36歳の女性グレイシーが13歳の少年ジョーと恋に落ち、未成年と関係を持ったことで収監、刑務所内で出産し、出所後二人は結婚した。そんな二人を題材にした映画に出演する女優エリザベスが、役作りのため二人の元を訪れる・・・‼️ジュリアン・ムーアも狂気じみた素晴らしい演技を披露してるんですけど、やはりエリザベスを演じるナタリー・ポートマンですね‼️ハリウッド女優特有の華やかさの裏に、自分の思い通りにならないと気が済まない、すべてを手に入れたい、そんな個性がチラホラ見え隠れして、なんとも不気味‼️フツーにジョーとセックスしたりするし‼️ヘンに誇張されて鳴り響く音楽もイイ意味で映画に合ってなくて印象深い‼️ラスト、撮影に臨むエリザベスの眩い美しさは異様な迫力があるし、そして蛇ですね、蛇‼️
腑に落としたくても、できなかった。
第三者が取材する形にしたのは正解なのかも
23年前、当時36歳の女性グレイシーは、23歳年下の13歳の少年ジョーと恋に落ち、その2人の関係はジョーが13歳だったため大スキャンダルとなった。グレイシーは未成年と性的関係をもったことで罪に問われて服役し、獄中でジョーとの間にできた子どもを出産し、出所後に2人は結婚した。それから20年以上の月日が流れ、いまだ嫌がらせを受けることがあっても、幸せに過ごすグレイシーとジョーだった。そんな2人を題材にした映画が製作されることになり、グレイシー役を演じるハリウッド女優のエリザベスが、役作りのリサーチのために彼らのところにやってきた。エリザベスの執拗な観察と質問により、夫婦は自らの過去とあらためて向き合うことになり、同時に役になり切ろうとするエリザベスも夫婦の深い沼へはまっていく、という話。
アメリカで1996年に実際に起こった事件を基にしているとのことで、知らなかったから衝撃を受けた。メイ・ディセンバーとは、直訳だと5月12月なんだけど、親子ほど歳が離れたカップルを意味する言葉らしい。
女優のエリザベスが第三者として妻グレイシーに質問する、という形を取ったのは、それだけグレイシーの考えてる事が理解出来ないからだろうと思った。
自分の子供と同級生の子を運命の人、なんて思う神経がわからない。
実際の事件の妻は亡くなったようだが、夫はまだ41歳で生存しているため、彼のプライバシーも考慮する必要があるだろうし。
衝撃的な事件があったのだと知れたのは良かったが、描くのも理解するのもなかなか難しいと思った。
エリザベス役のナタリー・ポートマンは年齢重ねても変わらず美しかったし、演技は素晴らしかった。
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