「あるスキャンダル後の揺れ動き」メイ・ディセンバー ゆれる真実 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
あるスキャンダル後の揺れ動き
“メイ・ディセンバー”という聞き慣れない言葉。
言葉自体は“5月”と“12月”から取られているらしいが、意味はそれくらい離れている歳の差の関係。
アメリカで実際にあった性的スキャンダルが題材。
夫も息子もいる36歳の女性が、息子と同い年の13歳の少年と関係。
児童レイプ罪で実刑。服役中、獄中出産。出所後、結婚。
…と、まあ、何とスキャンダラス。アメリカでは有名であり、その“メイ・ディセンバー”というスラングが生まれたほど。
全く知らなかった訳ではない。これほどのスキャンダル事件だから『仰天ニュース』や『アンビリバボー』でも取り上げられているだろうし、本作以外でも映画の題材に。『あるスキャンダルの覚え書き』がそれで、同事件を基にケイト・ブランシェットが未成年の少年と関係を持つ女性を演じていた。
本作はかなり脚色されているらしい。実際の二人はその後結婚生活が破綻しており、少年の国籍(サモア系→韓国系)や女性の職業(教師→ペットショップ勤務)も違う。
『あるスキャンダルの覚え書き』も本作もスキャンダルそのものの映画化ではない。さすがにタブーなのか…?
『あるスキャンダルの覚え書き』では老女が迫り(ジュディ・デンチ怪演!)、本作ではスキャンダルが“映画化”されるというメタ的構成。主演の女優が当事者たちに接触する…。
かつて世間を騒がせた“メイ・ディセンバー事件”が映画化される事になり、主演を務めるエリザベスは役作りとリサーチの為に当事者二人が住む町へ。
あれから20年以上。未だ嫌がらせはあるものの、穏やかに暮らすグレイシーとジョー。子供(男女の双子)も高校卒業を控える。
当然エリザベスの存在が波風を起こし始める。グレイシーの前夫やその間の息子からも話を聞く。
一見幸せそうなグレイシーとジョー。が、各々が抱える“真実”は…。
複雑な人間関係や心情が炙り出されていく…。
エリザベスが驚いたのは、グレイシーが全く罪悪感を抱いていない事。寧ろ、世間知らずでウブだったジョーをリードしてきたようにも…。
グレイシーに当たる実在の女性メアリーは小児性愛者とされている。タイプも様々らしく、グレイシーの場合は“支配型”。
だからかグレイシーは幸せそうだが、勿論ジョーも愛あって世間の逆風に抗って結婚したのだろうが、現在の彼からは何か窮屈そうなものを感じる。
捌け口として趣味(希少蝶の飼育)の合う女性と頻繁にLINEのやり取りをしたり、挙げ句の果てにはエリザベスと関係を…!
ジョーは本気だったかもしれないが、エリザベスはあくまでも役作りの一環として。エリザベスに“物語”と言われ、ジョーは「僕の人生だ!」と激昂。
グレイシーに成り切る為にグレイシーと同じ化粧や服にしてみたり、二人が密会したペットショップで自慰に耽る。
凄まじい役作りだが、どうやらエリザベスは顔や名は知られているが、それほど実力の伴った名女優ではないようだ。代表作もナシ。
自身の代表作にしようと躍起に。名作になるか、チープなメロドラマになるか…?
三人の内面も複雑だが、周りの関係も。
前夫との娘は子供を産み、グレイシーはおばあちゃんでもある。その孫はジョーとの子供たちと同級生。
前夫との次男はジョーと同い年で、ジョーとは友人だった。母親が同級生…しかも友人と関係を持ったら…? さすがにいい気はしない。
ある時、奇遇にも皆が顔を揃える。平静を装うが、その時の心中は…。
傷付かなかった者はいない。前夫の言葉が物語る。
ただでさえスキャンダラスな題材を、トッド・ヘインズはブラックな笑いや敢えて安っぽいドラマ風に。代表作の『エデンより彼方に』もメロドラマ風だが、それとは違う趣向を凝らした作風で、さすがの手腕を振るう。
音楽も大袈裟過剰だが、妙に印象に残る。その最たるは、開幕すぐの「ホットドッグが足りないわ!」。どういう魂胆の迷シーン?迷台詞?迷曲?
役者陣は名演。
ナタリー・ポートマンの熱演、ジュリアン・ムーアの巧演は言うまでもなく。
特筆すべきはチャールズ・メルトン。難しい役所や内面を魅せ切った。
それはスキャンダルか、純愛か…?
普通にやったらその“真実”に迫るところを、クセある作りに。
ある意を決し、子供たちの卒業式で悲しい笑顔を見せるジョー。
ある過去が暴露されながらも、強かな笑顔を見せるグレイシー。
クランクイン。役に成りきるエリザベス。
その姿は真意か虚像か…?
人の“真実”は見えにくい。