「目と耳、そして心へのごちそう。」ポトフ 美食家と料理人 青樹礼門さんの映画レビュー(感想・評価)
目と耳、そして心へのごちそう。
青いパパイヤの香りの監督、繊細で豊か、一瞬一瞬を慈しむように見つめてしまう、余計なものがない作品でした。
余計なものとはなにか。
無理なドラマ展開や
過剰な音楽、オーバーな演技がない。
画面の外を感じられるような、
虫の音や鳥の囀り、
見えないものが重層的に、あたかもパイの生地のように仕組まれていました。ちょっと例えがヤボですが。
冒頭から圧巻の調理行程のスペクタクル。
バベットの晩餐会のクライマックスを先にたっぷりと見せる。
俳優たちは、ドキュメンタリーのようにただひたすらに手を動かす。
そとからさし込む陽光、厨房の薄明かり、蝋燭のランプの灯火。
作る、作る、食べる、食べる。
セリフも極力排され、食べる場面なんぞ。芝居で一番難しい。俳優の人間の素がばれてしまうから。
あのレオスカラックス作品で世に出た美少女ビノシュが、見事に歳を重ね、いまや世界の大女優だ。
しかし、それを全く見せない。
いちばん弱い立場の後ろに隠れるようにして生きてきた人間として、
一品一品をたいせつにたいせつにたいらげていく佇まい。
それまでの人生や、現在の状況、作ってくれる人への感謝、愛情、見つめ合う、凝縮された名場面でありました。
ブノワも、仕事しているだけなのに、背中に男の色気というものが現れて。
この表現!
白黒かつてあったフランス映画の伝統、映画らしさを継承した。
大胆なカメラワーク、動くところがちょっと他に見られないようだったり、音では、音響が雄弁で、かつ寡黙でもあるという、一度では観尽くせない魅力に溢れていました。
思いは胸に秘めて、
言葉は口にするならばとっておきのものに、
まなざしは優しいものにして。
こうするしかなかった、しかし悲嘆に暮れる事なく、また明日から
毎日毎日毎日を最善を尽くして生きていくのでしょう。
出会いと別れ、愛すること、泣くこと、笑うこと、そして、大好きなものへのひたむきさ、情熱。
それだけあればいいのだ、と。